第83回  “昭和12年 東京・五反田 ”

 
(昭和12年)


僕は昭和12年5月に、父正夫・母玉枝の四子二男に生まれました。二男と書いたのは次男のことで、上から姉姉兄の次に生まれた末っ子です。
兄と僕の間には5年も差があります。父も母も跡取り息子を授かって、ヤレヤレと一服入れたのが歴然としています。
僕のひがみではありません。
戦前の日本は、今の天皇家とシモジモも同じで、夫婦は跡取り息子を作る為に存在していたのです。  
日本郵船に勤めていた父は35歳、母は30歳でした。18歳の時、腕貸し(助っ人のことです。こう言った方がカッコいいでしょう)に行った上方で、一杯呑ませて貰った代貸しに実家の兄弟のことを訊かれて答えたところ、  
「そないなんをウチラガタでは、“ネコの尻尾”言いますのや」と言われました。  
「あってもなくても、変わりおまへん」という意味だというのですから、末っ子は関西には住めません。  
タイガースが弱いのは、打てないからではありません。末っ子ばかり集めているせいだと思います。虎がネコになっちゃったのでしょう。  
この写真は、自分で言うのもなんですが、整った顔立ちの可愛い男の子です。
博奕打ちや作家にならずに俳優になっていれば、きっと淡路恵子さんでも嫁にして、今頃は大きな年金付きの勲章を貰っていたのに違いありません。ハイ。