第79回  “サラバ四輪車”

 
(2004年八ヶ岳)


この写真の頃は、僕はランドローバーに乗っていました。ディーゼルのランドローバーの中では一番小さなパワーユニットです。ほら、エンジンのことをパワーユニットなんて言うと、専門家っぽく見えるでしょう。
売れ残りの最後の一台だったので、車体の色もエンジンも選べませんでした。この車の前に乗っていたのは幌付きのオペルで、この後はニッサンのエクストレイルです。  
1500CCまでの限定免許だった小型自動車運転免許を取ってから、僕は60年間も車に乗り続けました。
貧乏な時は床が錆びて腐り、地面が見えるルノー4CVに乗り、あぶく銭を懐にした時は、黄金色メタリックのメルセデスベンツや、カリフォルニアで落札したエルドラドのカブリオレを東京でリストアしたのに乗って、ブイブイ言わせていたのです。(“ブイブイ言わせる”なんてもう死語ですね。今は何というのでしょう?)   
不本意至極でしたが自由を奪われた時以外は、僕はいつでも車と一緒に生きて来ました。いったい何台くらい乗ったのでしょう。100台じゃきかないと思います。  
そんなに愛した車を、僕は76歳になって手放しました。東京の生活は電車とタクシーで全て用が足りて、何の不自由もありません。都心に“上京”する時でも、ラッシュアワーを避けて空いた電車で座って行きます。  
もう僕は、車を思い通りに動かすのには歳を取り過ぎました。ビールも中ジョッキで3杯呑めば、もう沢山なのですから。  
車がなくなって空いたスペースを見ていて、僕はユズかイチジクを一本植えることを思い付いたのですが、「ユズの毛虫は痛いから……」という薄弱な理由で、ウニと女房に反対されて、僕は右手の薬指の爪を噛みました。 
四輪の運転には老い耄れた運動神経では無理ですが、側車付きのハーレーかトライアンフなら大丈夫かも知れません。  
ようし、その昔ジャガーが造ったサイドカーを手に入れて、ウニと女房の腰を抜かせてやりましょう。