第78回  “どこへ逃げようか?”

 
1968年 パリ


31歳だった僕はパリの公園で、ジュースを飲みながら真剣に物思いに耽っています。
ストローで飲んでいるから、ビールじゃありません。ちなみにストローでビールを飲むと、小瓶一本でヘベレケになると、僕はやってみたことはありませんが、ウソは吐かない友人から聞いたことがあります。
テーブルにもう一本ストローが差してある瓶があるのは、連れがいた証拠だとシャーロック・ホームズでなくても分かります。  
そうです、この“物思いに耽る”男の写真を撮ってくれたのは、「サンドニの薔薇」と呼ばれたマドモワゼル・メリー・ケルヴィズィックでした。  
このままパリにいたら、遅かれ早かれ御用になります。僕はパリの刑事たちが、世界一乱暴だと知っていました。パリで捕まりたくありません。  
青山の“サウサリト”は、その頃の女房がやってくれているので、なんの心配もありませんでしたが、警視庁は逮捕状を更新し続けて手ぐすねを引いていたので、東京には帰れません。  
潜伏していたポルトガルのエストリルは、経費は安いのですが女と飯はパリに限ります。  
カメラ目線で微笑むことも忘れて、ローマに行こうかマドリッドにしようか、僕は真剣に考えていました。