第77回  “石和温泉”

 
2009年3月


昭和31年に麻布高校を卒業した仲間はとても仲がいいのです。みんな麻布中学から高校に進んで、それぞれ大学を出ましたが、なんとしたことか僕だけ中学を出た時に追い出されて、仕方なく慶應高校に行ったのです。それでも昭和の終わり頃、麻布の同窓会に入れてくれました。
2009年の春、麻生内閣が国民一人当たり一万二千円の“定額給付金”というバラマキ経済政策をやりました。65歳以上は八千円上乗せして二万円くれるというのです。  
「どうせこれも俺たちの払った税金だ。こんなケッタクソの悪い金は、すぐ呑んじまうべぇ」と誰かが言い出して、石和温泉の「石風」に一泊で出掛けることになりました。  
真ん中の黄色いセーターの男が、「石風」を経営する向本君で、みんなが乗っているバスは、新宿まで迎えに来てくれた「石風」のマイクロバスです。  
向本君と僕はラグビー部で、僕はロック、向本君はセンターでした。青山学院に勝ったこともありましたから、僕たちは結構強かったのです。  
僕の隣にいる眼鏡の男は、飯倉片町の麻布小学校から一緒だった屋代君、屋代君の左後ろの眼鏡は細谷君で、僕たちが毎月第二月曜日に四千円会費でやる「ニゲツ会」の会場、有楽町の「鉄兵」のオヤジです。  
この「手配写真」の第23回に“チンピラになる一年前”という写真が載っていますが、その60年後がこの姿です。まるで老人会の旅行みたいですが、75歳になってもよく食べよく呑む、懲りない爺いたちなのです。