第75回  “ちょっと恥ずかしい写真”

 
1954年頃 ハンブルグ



女房が書類入れの奥から引っ張り出してきた写真は、気恥ずかしくもあり、懐かしくもあり、なんとも言いようのない写真でした。こんな写真が残っているなんて本当に驚きです。
これぞ、まさしく手配写真でしょう。少年法にも売春防止法にも間違いなく引っ掛かります。  
1954年頃と曖昧なことを書いたのは、正直に言ってはっきり覚えていないからです。16歳だったか17歳になっていたのか、もう生存者は僕だけでしょうから確認しようがありません。  
左の端に写っているのは、僕がヨーロッパでボクシングをしていた頃の当時のマネージャーです。高くて100ドル、安ければ20ドルだったファイトマネーから、25%もむしり取った日本人の爺サマです。  
三人の白人女は、大年増から左手にタバコを持っている娘まで、みんな素人じゃありません。のちに作家になった僕は、「力士と芸者、それにゴロツキと役者はスラムの義兄弟だ。みんな身体と人生を削って、メシを喰っている」と書きました。  
右から二番目の女だけ名前(というか源氏名)を覚えています。ダフネという素敵な名前でした。 
今から60年近く前のハンブルグは、アメリカ軍の猛爆撃で壊された街も、キリンまで殺されてしまったハーゲンベック動物園も逞しく蘇っていました。