第70回  “俺が最年少だった!”

 
(昭和36年 羽田空港)


“手配写真”も70回目になりました。今回は羽田にあったJALの客室乗務員訓練所の前で撮った同期の記念写真です。
74年間の人生で、日本航空にいたのは昭和36年の1月6日から40年1月9日までの僅か丸4年です。
それなのに、第2回「パリの怪しい日本人」・第19回「JALフィフティーン」・第61回「華のスチュワデス」と3回もやって、今回が4度目なのはネタが苦しいからではありません。結局は追い出されてしまったのですが、この4年間が僕の人生で唯一の晴れがましい思い出だからです。
用語を覚え、手順を覚え、心構えを仕込まれ、それまでのチンピラ渡世とは180度の転換でしたが、こういう仕事は僕には向いていました。
この15人の中で、23歳8ヶ月の僕が最年少でした。後列の最左端にいるのが僕で、その隣で首だけ出しているのが、訓練生では最年長だった30歳のクマさんです。後列の最右端にいるのがカメちゃんで、この人が写真を送ってくれたのでウニは5年前の夏に、故郷の松山から家にジェット機で来ました。雑種の仔猫で飛行機に乗ったなんてギネスだと、誰も思わないけど僕は思っています。  
僕たちと訓練所で一緒だったのは、第19期のスチュワデスですから、思えば驚くほどの年月が経ちました。今年は50回目の同期会が、銀座の“ライオン”で開かれます。