第65回  “初詣”

 
(1971年正月元旦 靖国神社)


僕が抱いている赤ん坊は、今では不惑のオッサンになっている息子の正二朗です。

このころの僕は、カタギでもなければ作家でもありません。お正月を寄せ場(ヨセバ)じゃなく、どこにでも自由に行ける所で過ごせるのは珍しいことだったので、喜んだ僕は初詣に行ったのです。
今年は百円玉一つでしたが、写真の当時は“男を売る稼業”の真っ只中ですから、お賽銭もカタギとは桁が違います。着ている泥大島だって、キャデラックよりいい値段でした。それに写真には写っていませんが、ヘコ帯だって総絞りの凄い奴でした。今頃こんな自慢話をしてもなんにもなりませんが、ウソじゃありません。
今はフィクションが飯のタネの作家をしているので、何を言ってもウソだと思われてしまうのが、コンチクショーです。いくらだったか覚えていませんがこの時、神様が飛び上がってお喜びになるほど賽銭箱に入れたのは、これもウソやホラではありません。
それが証拠に息子は、ゲームの制作者として、コアなファンに支持されているようになったと聞きました。新しいゲームが出るたびにくれるのですが、どうやって遊ぶのか僕には分からないので、豚に真珠、ネコに小判です。

去年の暮れに僕と女房殿は、息子夫婦と一緒に支那料理屋で呑みました。支那料理を食べたのではなく、肴にして呑んだのです。
四十年前にはミルクしか飲まなかった息子は、老酒をがぶがぶシロナガス鯨のように呑んで僕を呆れさせました。