第63回  “テンポラリー・ライセンス”

 
(1987年 マニラ)


時は僕が作家になってすぐ。
場所はマニラ郊外のボクシング場。  
真ん中にいるのはフライ級の長内秀人。右で屈んでいるセコンドは、元世界ジュニアライト級チャンピオンだった故フラッシュ・エロルデの息子さん。そして、当時はダイエットなんてしていなかった200ポンドを超えていた僕。
この500人も入れば超満員のボクシング場は、フラッシュ・エロルデが建てたものです。テレビもラジオもなしですが、週に二日のペースで白熱した打ち合いの物凄い試合が行われていました。
観客がみんな命の次に大切なお金を賭けているのですから、ボクサーはその期待に応えなければなりません。ちょっとでも手を抜いたりしたら、マッチメーカーが未来永劫、次の試合をくれません。
入り口で貰ったその日の対戦カードのメインエベントのところに、ヒデト・オサナイと日本人の名前があったので、控え室に行ってみると日本人のフライ級がひとりポツンと座っていました。もちろん初対面です。
長内秀人は「今日の相手とは前に判定で負けているんで、今日こそ倒して勝ちたいんです」と静かに言ったのです。
ファイトマネーが安い会場ですから、マネージャーもトレーナーも付いて来ていません。見かねてフラッシュ・エロルデ・ジュニアと一緒にバンテージを巻いてあげました。
そして瓦井さんが場内にいたコミッションにテンポラリーライセンスを交付させて、僕がトレーナーに付くことになりました。先だってお亡くなりになった瓦井さんは、マニラの超大物でした。この方が口を利けば、マニラで出来ないことはありません。トレーナーのライセンスなんか二つ返事でした。
長内秀人はキレのいい右ストレートを、相手に容赦なくピシピシ当てて、前回判定で負けた相手を3回TKOで鮮やかに破りました。 僕は作家になるよりボクシングのトレーナーになったほうが、偉くなっていたのに違いないと秘かに思っているんです。