第61回  “華のスチュワデス”

 
昭和37年 サンフランシスコ空港


勝手に写真を載せて申しわけございません。
けど、この写真の頃は25歳だった僕も、もうほんの半月で73歳になるんです。この4人の綺麗なお嬢さんたちも、今ではきっとお孫さんを抱いているお歳でしょう。
皆さんとても幸せそうに映っていらっしゃるので、この写真から半世紀近く経ってもおそらくハッピーにお過ごしに違いないと僕は思ったのです。
先日、元スチュワデスの美穂子さんから突然メールをいただきました。娘さんが「アベジョージって人のH・Pは面白いよ」と教えてくれたので、美穂子さんは半世紀ぶりに「アベナオ」を思い出して、ネットで検索して僕にメールをくださったのです。
長生きはしてみるものです。こんな半世紀振りのやりとりが、ネットを遣うとアッという間に可能になるのです。
サンフランシスコ空港は、このころボーディング・ブリッジが付いたばかりでした。まだボーディング・ブリッジなんて言葉を知らずに“エレファント・ノーズ”と言っていたのを、この写真を見て思い出しました。
僕が一緒に暮らした二人のスチュワデスのうち、11期の神谷のミッチャンはあの世へ飛んで行ってしまいましたが、17期の空中金魚は古稀を迎えてとても元気で、航空券なんか買わず、まるで魔女みたいにホーキにまたがってアチコチ飛び回っていると、息子が教えてくれたのです。
調子に乗って博覧会を見に上海なんかに飛んで行くと、ミサイルで撃墜されるかも知れません。これでも僕は心配しているんです。