第58回  “ロンドン〜ローマ ”

 
昭和14年


この写真は、父が日本郵船のロンドン支店からローマ支店へ転勤になって、船でローマに渡る時撮られたものです。隣りにいるのは7歳の兄です。
 このデッキゴルフで遊ぶ2歳の僕を撮ったのは、お女中さんのゆきさんか母でしょう。
ゆきさんはロンドン・ローマ、そして戦争が始まる直前の国際列車で、僕たちと一緒にロシアを横断して日本に帰りました。
 父も母もとっくに他界しましたが、当時十九歳だったゆきさんは、僕の家のそばに住んでいて、カクシャクとした元気なお婆ぁちゃんをしていらっしゃいます。
 兄は後期高齢者ですが、先月久し振りで一緒に呑んだ時は、とても元気で芋焼酎のオンザロックスを何杯もお代わりしていました。
 と、まぁそんなことはさておき、この時の僕を見て下さい。今人気のこども店長なんかより、もっとずっと愛くるしいでしょう。こんな可愛い子が、「絶滅危惧種の遺言」という何やら怪しげなタイトルの本を出すような人生を送ることになるなんて、信じろと言っても無理です。
 この頃のヨーロッパは、ヒットラーの台頭で、ドイツ人以外はみんな怖れおののいていたのですが、そんなことも小さかった僕には無縁でした。
 ローマに着いて僕は、ムッソリーニのファシスト少年団に入ります。だから僕は、今ではイタリー人も忘れてしまった「ジョビネッツァー」のメロディーが頭に染み込んでいて、歌詞は断片的にしか憶えていませんが酔っ払うと口笛で吹き鳴らして、回りの人に怪訝な顔をされるのです。