第48回  “うたかたの日々”

 
昭和62年
新幹線車内にて


今から二十一年前、まだ五十歳にもならない我ながら惚れ惚れとする男前の僕です。
黒い髪の毛も沢山生えているし、まだそんなにブヨブヨしていません。
壁の時計は九時半を示していて、窓の外が暗いのでトンネルの中でなければ、夜の九時半です。撮った人が誰かも、何処から何処へ移動しているのかも分かりません。
夜の九時半ですから、仕事が終わっての帰り道だと思うでしょう。
しかし作家にならずに探偵になっていれば、きっと日本のシャーロックホームズと異名を取っていた僕ですから、「ワトソン君、これは仕事が終わって、東京に帰るところではない。翌日の仕事に備えて、“前乗り”つまり前の晩までに現地に入るために、汽車に乗っているのだ。分かるだろう、仕事の後なら疲れているが、まるでタネウマみたいに精気が漲っている」と言うのに違いありません。

長 いクスブリが終わって一転、この頃の僕は得意の絶頂でした。ガールフレンドも愛人チャンも両手の指では足らず、足の指まで総動員しなければ数えられないほど、大勢いたのです。
車もホンダのCITYからキャデラック・エルドラドのコンバーティブルに乗り換え、銀座や新宿で酒を飲み、湘南に海の見えるマンションを買い、仕事部屋にしました。
文藝春秋も講談社も編集者が待っていて、僕が書いた原稿を奪い獲るようにして、持って行きました。テレビ局には「困った時のアベジョージ」なんて言葉があって、自分でも呆れるほどテレビに映ったのです。税金だって生まれて初めて、嫌になるほど沢山払いました。
来た球を、次から次へと反射神経だけで打ち返すような、目まぐるしい毎日でしたが、今振り返ると、そんなハードでメチャクチャな日々は三年ほどで終焉を迎えました。
ところであの頃、ザクザクと入って来たお金は、何処へ消えてしまったのでしょう。