第46回  “菅平”

 
昭和35(1960)年


日本航空に潜り込む一年前ですから、僕はこの時二十三歳でしょう。
ちょっと周りがキナ臭くなって、刑事がクンクン嗅ぎ回っていると僕が言ったら、銀座の「アカンサス」のママが、暫く菅平に隠れていればいいと言って、別荘の鍵を抛ってくれたのです。
「アカンサス」は素敵なバーで、灰田勝彦やレイモンド・コンテ、ヨリ・寺部と寺部震兄弟が、よく飲んでいました。もう、みんな死んでしまって、生きているのは最年少だった僕だけです。
菅平はレタスが滅茶旨い、とても平和ないい所でした。見てください。若かった僕は、馬にまたがってケロリと屈託のない顔をしています。
それに何と言っても、若いというのはいいことで、怖いもの知らずの天下無敵でした。
桜田門一家に驚いてたら、渋谷でチンピラなんか出来やしません。
けど、馬は迷惑な顔をしています。同じ乗せるのなら、僕みたいな重い男じゃなくて、スリムで軽いお嬢さんの方がいいに決まっています。
だから、この馬は、崖のへりで急に止まったり、木の枝の下をわざとくぐって、僕をおっことそうとしました。
可愛い顔をしていて、頭のいい馬は底意地の悪いことをするのです。女も馬も同じだと、この写真の数年後に、僕は思い知ります。
こんなことは何でも、本で読んだり人から聞いただけでは分かりません。
自分で落馬したり、裏切られて、さんざん痛い想いをしてナルホドと分かるのです。
そして、このアッケラカンとした無邪気な顔は、甲羅を経て今の疑り深い顔に変わりました。