第26回 アイルランド


1992年


 大幸運に恵まれて作家になりおおした僕は、今から十三年前に平凡社のムック「太陽」の取材で、アイルランドに行きました。  
この写真は、そのときウオーターフォードのパブで、アイリッシュウイスキーを呑んでいる五十五歳の僕です。  
染めてはいても髪の毛は、今よりはずっと多いし、今みたいな爺いじゃありません。  
初めて訪れたアイルランドは、ウイスキーもビールも、それに羊も生牡蠣も美味しくて、それに人気(ニンキじゃありません。
住んでいる人たちの気風を僕たち世代の男は、ジンキと言ったのです)が、とても良かったのです。  
アイルランドの人たちは、僕が日本人だと知っても、誰も悪意が潜んでいる爬虫類か蛇みたいな目で見ません。  
こんな険しい目に気が付かない、
鈍感な人は幸せです。  
しかし、僕みたいな気の小さい男は、一歩日本を離れると途端に、バーでも公園でも至る所で、こんな蛇の目にガンを飛ばされて緊張するのですが、嬉しいことにアイルランドではそんな目に会いませんでした。  
なぜアイルランドは日本人に対して、他の国の人たちに潜在している、日本への恨みや憎悪、それに軽蔑なんて感情がないのか、僕はジェムソンにタラモアデューといった旨いアイリッシュウイスキーを呑みながら、この不思議を考えました。  
幼い頃から、髪の毛を染めなければならなくなったこの歳まで、 外国でウロウロしてきた僕は、蛇の目にさらされ続けて何度も非道い目に遭ったのです。  
シンガポールではヒョンなことから日本人だということがバレて、ほとんど生ハンバーグか肉団子状態にされました。  
マスタードで有名なフランスのディジョンという街では、訛りの強いフランス語で罵られて、誰かが後ろから棒かブラックジャックで、僕を殴ったのです。  
イルクーツクではホテルのバーで、友達が日本軍に殺されたと言うロシア人の酔っ払いに、しつこく絡まれて、もし運が悪ければシベリヤの刑務所に送られてしまったでしょう。  
世界中の人が最近、日本人は矢鱈とお金を持っていると知ったので、商人は揉み手をしウエイターは笑顔を作るのですが、心の底には違う想いが渦巻いていることが多いのです。  
何でも水に流して忘れてしまう僕たちと違って、外国人は百年や二百年では忘れません。 
アイルランドと日本は戦争をやったことがないから、アイルランド人が僕たちを見る目には、憎しみが籠められてないのだと、僕には分かりました。  
アイルランドまで成田や関空から直行便が飛んでないので、行儀の悪い団体旅行が多くないことも、日本人が軽蔑されない理由です。 
旅が終わって十三年、僕はアイルランドのいい印象を忘れません。  
主治医の大庭先生と、日本一の静脈注射の達人、河野看護婦さえ一緒に来てくれれば、僕はアイルランドに隠居したいのです。