第24回  “東京ライターズ”


1992


 東京ライターズは、故キノ・トールさんがお作りになった、準硬式(トップボール)のクラブチームです。  
昭和三十二年の発足当時は、放送作家や文筆家が中心だったと聞いています。  
僕は昭和四十五(1970)年頃、入れていただいたのですが、当時は監督が佐々木信也さんでチームドクターがドクトル・チエコさんでした。  
勿論このチームで、ゴロツキは僕だけです。  
僕は途中で拳銃と散弾銃の不法所持で逮捕され、新聞沙汰になって隠していた身状がバレてしまって、付いた綽名が”サンダース軍曹”でした。  
メンバーは皆とてもナイスな方たちで、僕がゴロツキだと知っても、のけ者にしたりはしませんでした。  
元プロも何人かいらしたし、レヴェルの高いチームだったので、僕はたまに先発することがあっただけで普段はライトを守っていたのです。  
佐々木信也さんはプレーイングマネジャーで、ショートを守って毎年、三割以上の打率をマークしていたのですから、矢張り元プロは素人とは違います。  
僕が前刑を務めたのは、昭和五十年から五十四年でした。
帰って来てカタギになろうかと考えていた僕に、佐々木信也さんは、「また一緒に野球をやろうよ」と、わざわざおっしゃってくださったのです。  
この時のことは一生忘れません。嬉しくて涙が出ました。  
この写真にはよく見ると、いろんな方が映っています。佐々木信也さん、笈田敏夫さんをはじめ森山周一郎さん、三木鮎郎さん、砂川啓介さん、昔11PMでおなじみだった悪役、小林昭男さんたちです。  
僕はこの親善紅白戦で、故笈田敏夫投手からサードの頭を抜いてレフト線に転がる二塁打を打って、佐々木信也さんに、「まだよく走るね。早いよ」と、褒めていただきました。 
今から十三年前、僕は五十五歳でした。