第20回  “予想屋の自慢噺”


昭和五十六年 ワイキキビーチ


僕はこの頃、競馬の予想屋をしていました。 
年末の有馬記念で、九百五十円の単勝を当てて、久しぶりにワイキキでのんびりした時の写 真です。  
予想屋という商売は、とてもキツイ稼業ですから、普段は険しい顔をしているのですが、その年の最後の競馬で、末代までの語り草になるいい馬券を当てたので、四十四歳だった僕は余裕のある平和な顔をしています。  
友人も客も、誰もこの歴史的快挙を語り草にはしてくれないので、仕方がないから自分で自慢しなければなりません。

昭和五十六年の有馬記念で、圧倒的な人気になったのは二本柳厩舎のホウヨウボーイでした。  
加藤和宏が騎乗するホウヨウボーイは、前売りで単勝が百六十円まで被ったのです。  
相手も東信二が騎乗するアンバーシャダイで、この連勝は四百円ほどでした。  
競馬をなさらない方は御退屈でしょうが、こんな自慢噺はたまにしかやりませんから、どうぞ御辛抱をお願いします。 僕はこの有馬記念で、こんなタクをぶったのです。
タクというのは口上か説明のことで、言ったり喋ったりではなく、ぶったのです。 
テレビや新聞の予想屋は、いい加減なタクをぶって、外しても、ギャラや給料を貰えるからいいのですが、独りで凌いでいる僕みたいな予想屋はそれじゃぁ喰えません。  大袈裟ではなく、タクに命が掛かっていたのです。

「連勝は四百円の1-7の一点でどうしようもないが、そんな馬券は買うな!」  
と、僕は絶叫しました。  
当時の連勝馬券は今のような馬単ではなくて、枠番ですからホウヨウボーイとアンバーシャダイが一・ニ着すれば、どちらが一着でも当たりです。

「頭が違う。勝つのは大本命のホウヨウボーイじゃなくて、東信二のアンバーシャダイだ」  
二頭の喧嘩で連勝は1-7だけど、ニ馬身千切ってアンバーシャダイが勝つ。単勝が千円つくんだぞと、僕は懸命のタクをぶちました。  

そして、しがない予想屋だった僕は、寝正月を覚悟でなけなしの十万円をアンバーシャダイの単勝に張り付けたのです。  
この単勝が出なければ、おせちもお屠蘇も買えません。
僕にとっては大変な十万円でした。  
情報が入っていたのではありません。  
中間の稽古と馬の状態、それに騎手の腕から考えて、僕はアンバーシャダイの必勝を確信していたのです。  
二十四年経っても、あの有馬記念は頭の中に焼きついています。  
東信二は二馬身半、ホウヨウボーイを千切りました。  
そしてアンバーシャダイの単勝は、九百五十円つけたので、僕は本当に久し振りでハワイの正月を楽しんだのです。

お蔭で僕の予想屋は繁盛して、作家になりおおせるまで喰い繋ぐことが出来ました。