第17回  “昭和42年 マドリッド近郊”


昭和42年 マドリッド近郊


背後に見える石塀の向こうは、広いオリーブの果樹園です。  
まだ三十歳で黒い髪の毛がフサフサ生えていた僕は、とても思慮深い顔をして考えています。  
この歳になって僕は、知恵もロマンも髪の毛と共に去ると分かりました。  
この果樹園を、七百万円で売ると言われた僕は、真面目に考えていたのです。  
今のように何でも伺いをたてなきゃいけない女房殿も、その頃はまだいません。  
今では信じられないことですが、その当時の僕は、何をするのも完全に自由だったのです。  
スペインの不動産屋は考え込んでいた日本人に、アメリカドルの現金なら二万ドルでいいと言ったのですが、ついに僕は買いませんでした。  

あれからもう三十八年経ちました。  
あの時、もし買っていたら……と、この手配写真を見て僕は、ピントが遠くに合った目になりました。  

タンゴをセニョリータと踊る僕。

自分で作ってマラシノ酒に漬けておいたオリーブを二つ、ピンで刺してドライマテニに入れる僕。

農閑期には街の闘牛場でマタドールを務める僕。

多額納税者で勲章を女王様からいただく僕。  

こ んなことはみんな、寝酒を呑み過ぎたハゲの見る夢です。  
あの時、もし思い切って果樹園の主人になっていても、今まで無事にやっていたわけもありません。  
若い頃の僕は、そんなカタギの仕事が永く出来るような男ではなかったのです。  
それなら髪の毛が抜けた今ならどうだ、と、言われても、やはり駄目です。  

風呂吹き大根とそれに塩辛の無い国ではとても、半年も生きてはいられません。