■第八回 “アンニョンハセヨ”

 木津川から約六時間、七百キロ飛んで、青年日本号は朝鮮半島の東南端、蔚山に着陸した。  
今日は此処で給油してから、朝鮮半島の内陸部をもう三百キロほど飛んで、京城に着く。  
木津川空港を離陸すると、朝鮮海峡を渡って六百九十キロも飛んだのだから、京城まではあとひとっ飛びだと栗村は思った。  
エンジンを切ると、それまで聞こえていた爆発音とプロペラの風を切り裂き、掻き回す音が消えて、その代わりに地上の慣れ親しんだ音と声が、熊川と栗村の二人に聞こえて来る。  

「お待ちしておりました。蔚山にようこそ」 

弾んだ張りのある男の声がすると、続いて

「アンニョンハセヨ」
と、控え目だがはっきりした声が聞こえて来た。  

「自分は青年日本号の整備を担当するキン・ザイエイです」  
栗村と同じ歳格好の小柄な男だった。

「京城の天候は異常ないね。それだったらガソリンは二百リットル入れてくれれば充分だ」  
そう言った熊川は、前に立っていた若い整備員の目を正面から見詰める。  

日本にいる朝鮮人は、日本人に対した時に自分の国の言葉を喋らないと、熊川は知っている。
このキンと名乗った青年が、日本語で「ようこそ」みたいなことを言わず、「アンニョンハセヨ」と、朗らかに言ってのけたことに、二十九歳の教官には、いろんな想いがあったのだが、二十二歳の栗村はそんなことは何も感じていなかったから、特別 な想いもない。 

「この飛行機は潤滑油の消費が多い。入れ過ぎて悪いものじゃないから、タンクに一杯注いでおいてくれ」

「ハイ、潤滑油はタンク一杯まで入れておきます」

キンが復唱したのに頷くと、熊川は栗村を促がして吹流しの下にある事務所に向かう。 

「知ってるかい。朝鮮語では挨拶は何時でもアンニョンハセヨなんだ」

日本語だと朝は“お早う”夜は“今晩は”と使い分けるが、朝鮮では何時でもアンニョンハセヨだと言って、熊川は横を歩いていた栗村を見上げる。  
熊川は背の高さが栗村より二十センチほど低いので、飛行機から降りると、喋る時は見上げるようになるのだった。  

「なぜですか」
 栗村が言うと、熊川は立ち止まって辺りを見回し、  

「朝鮮は何百年も前から、戦争が絶えたことがないんだ。朝から晩まで皆、危険に晒されて過ごして来たから、交わす挨拶は支那人の『飯を食べたか』や大阪の『儲かりまっか』じゃなくて『アンニョンハセヨ』になった」 

安穏ですか、安全にしていますか、危険なことは何もなくお過ごしですかという意味が、日常の挨拶になったのだと聞いたと熊川は言う。  
戦争に曝され続けた朝鮮人の苛酷な日々を、教官の言葉は短く伝えていたのだが、栗村はその悲惨が他人事に思えて、あまりピンとは来なかった。  
初めて目にした蔚山飛行場の周囲は、荒涼としていた。  
この緑の少ない赤茶けた土地で、凄惨で苛酷な殺し合いが、絶え間なく続けられていたのだと知って、栗村は顔を曇らせる。
住んでいる者が絶えず命の危険に曝されて、朝晩、大丈夫か、危険は無いかと言い交わさなければいけないのは、考えてみれば、これは人が住む環境ではないと、栗村は思う。  

「日本も下々は朝鮮と同じように、毎日命ギリギリの目に遭い続けたんだが、俺たちは忘れっぽいから、挨拶だって変わらないのさ」 

何時も教官は平易な言葉で、とても内容のあることを言い放つと栗村は思う。
しかし、思えば自分も、命ギリギリ、捕らえられたら死刑になるようなことを、これからやろうとしているのだ。   
後部操縦席の回転計が動かなくなったのだが、蔚山では直しようがないから、このまま飛んで京城で直すと教官は言う。  
エンジンが順調だったら、回転計が動かなくても大事ないと言って、教官は微笑む。  
不敵な微笑だった。  
機体の下から顔を出したキンに、前部操縦席に坐っていた栗村が、「アンニョンハセヨ」と言って、ニッコリした朝鮮青年が何か言おうとした時、青年日本号のシーラス・ハーメスエンジンが始動する。  
白い歯を見せて右手を挙げたキン・ザイエイは、きっと栗村と同じ言葉を叫んだのだろうが、エンジンの爆発音とプロペラの音で何も聞こえない。  

青年日本号は次の目的地、京城に向かって蔚山を離陸した。

 

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