■第一回“離陸”
見送りの人が驚くほど大勢いると、操縦士の熊川は思った。  
昨日までの雨は上がって、青い空に白い雲がたなびいている。  
滑走路の脇にある吹流しが、海から吹く微風に翻っていた。  
新聞社のカメラマンが立てた三脚が、栗村と熊川の乗った青年日本号を写 そうと、吹流しの下に並んでいる。  
見送り人の中には何人か、シルクハットを被っているが、その中心に居るのが若槻礼次郎首相だ。  
これから朝鮮・満州そしてシベリヤを越え、遠くヨーロッパをイタリヤのローマまで飛ぶ青年日本号の見送りに、首相も東京市長も、それに法政大学の総長も来てくれている。  
内田百闕q空部長は、青年日本号を見送ると、すぐその後で法政大学のアヴロ504K「ひよどり号」に乗って、大阪まで送ると、歓送式で言って満場の拍手を浴びたのだ。  
出来たばかりの羽田飛行場だから、他所に向かって飛び立つのは、この青年日本号が初めてになる。

「テストでこの飛行場から、離着陸した機はあっても、他の飛行場に向けて離陸する機は、俺たちが初めてだと飛行場長が言ってた。しくじるわけにはいかない」  

昭和六年五月二十九日、青年日本号は、羽田飛行場での初めての離陸に失敗したと、日本の航空史に名前が残ってしまうと熊川は緊張していた栗村に顔をほころばせて言う。  
ベテラン操縦士の熊川が冗談を言って、若い自分の気をほぐそうとしているのが、言われた栗村にも分かっていた。
激励の式典は全て終わって、朝九時の出発時間が迫っている。  
これから青年日本号は最初の目的地、大阪の木津川飛行場に向かって離陸するのだ。  
花火が打ち上げられて、上空で乾いた音がして白くて丸い煙が三つ、青い空に揺れた。

「よし、栗村君。行くぞ」  

後部座席の熊川は右手を伸ばして、前の座席で機首に顔を向けていた栗村の肩を叩いた。  
細い鋼管に厚地の布を張った機体の前後にふたつある座席には、先任の操縦士が後ろの席に坐って操縦する。  

「コンタクトッ」  

整備員が操縦席に向かって叫んだのに、熊川はイグニションスウィッチを入れると、右手を挙げて応えた。  
プロペラに取り付いた地上整備員が、腕に力を籠めて勢い良く回す。  
バス、バスン、ドドド、エンジンが掛かってプロペラが、ブルブル回りだすと見送りがどよめく。  
整備員が八人がかりで、下翼や尾部を押さえたのを見て、熊川はスロットルバルブを押してエンジンの回転を上げた。
一度、最高の三千回転まで上げてエンジンの調子を確かめなければ、離陸するわけには行かない。   
ただでさえ青年日本号の機体は、長距離飛行に備えて重いのだ。  
青年日本号を製作した石川島製作所の主任技師は、  

「このエンジンの公称出力は百十五馬力ですが、それはあくまで計算上の数値で、実際には百二馬力です。五メートル程度の向かい風だと、九百キロの機体重量 なら離陸できます」  

と、引渡した時に熊川に言ったのだ。
いずれにしても全てが計算上の数字で、誰も実際にこの重さの機体を同じ条件で飛ばした者はいない。  
試験飛行で所沢から伊勢まで飛んだ時も、機体重量は八百四十キロだった。  
陸軍がブローニング自動拳銃から非常食まで持たせたこともあって、青年日本号の全備重量 は九百三十キロになっている。  
九百キロで離陸できるものなら、九百三十キロでも浮いてくれると、熊川は思っていた。
このくらいのことで気にしていたら、操縦士は務まらない。  
操縦士の神経は、銀貨の裏表のようなもので、他の者には理解できない二面 性がある。  
細心と野蛮な思い切りが、熊川の心に同居していた。
だいたい飛行機は、水に浮いている船と違って、重力に逆らって飛んでいるのだ。  
運を天に任せるところがなければ、操縦士は務まらない。  
八人の整備員が足を踏ん張って懸命に、機体が動き出さないように支えている。  
熊川はエンジン音に耳を澄ませた。  
爆音の中に、ガサとかカタという濁りが混じっていてはいけない。  
カーッと冴えた音が聞こえて来て、熊川は満足そうに頷く。  
一度エンジンの回転を落として、大声で、  

「ブロックアウトッ」

と、叫んだ。
下翼の下に潜った整備員が、車輪止めの紐を引っ張る。  
熊川は戻してあったスロットルバルブを再び押し込んで、エンジンの回転を上げる。  
飛行場の風下の端に居た青年日本号は、最初の目的地、大阪の木津川飛行場に向けてスタートした。  
この小さくて弱馬力な石川島製作所製造の複座複葉機が、一万四千キロの彼方、イタリヤのローマまで、無事に飛び続けてくれるか、熊川はスロットルバルブを押し込みハンドルを握って、栗村の頭越しに前方を見詰めながら、祈るような気持ちだった。  
やってみなければ分からないことは、信心のない熊川でも祈るしかない。  
羽田の海に向かって加速した青年日本号は、中程の吹流しを右に見て、風を巻いて走り去る。  
風に山高帽を飛ばされた紳士がいたが、熊川は前を見詰めていたから目に入らない。  

「まずい。なぜスピードが上がらないのか」 

熊川は首を伸ばして、機体の下を流れて行く緑の芝と茶色の地面を見詰めた。
海に向かって滑走する青年日本号は、思ったほどスピードが上がらない。  
風は海から吹いている。  
スピードが上がり、上下二枚の主翼が充分に風を孕めば、車輪は地面を離れて、青年日本号は離陸するのだが、車輪は何時までも地面 を転がり続けている。  
車輪が地面を転がる振動が、滑走する機体を震わす。  
乗り込む前に熊川が確認した機体総重量は、九百三十キロだった。  
百二馬力の青年日本号のエンジンでは、この重量は重過ぎるのだが、だからと言って、いくらなら安全に離陸できるかというデータはない。  
全てが、やってみなければ分からない、 青年日本号の長距離飛行だった。  
しかし、最初の羽田から離陸できずに失敗するのは哀し過ぎる。
スロットルバルブは一杯に押し込まれていて、回転計は端で針が止まっていた。  
これ以上はどうしても、スピードは上がらない。  
前の座席の栗村も、それまで伸びて前方を見詰めていた首が縮んで、飛行服の肩に埋まる。  
経験の浅い大学生の栗村も、上がらないスピードに怯えていたのが、熊川にも分かった。  
昨日の夕方まで降った雨で、緩んだ地面に 、重い機体を支えるタイヤが普段よりメリ込んでいるから、スピードが上がらない。  
顔から滲み出た汗で飛行帽のゴグルが曇る。  
もう遅過ぎる。  
エンジンのイグニションを切っても、機体は飛行場の端では止まらずに、羽田の海に突っ込んでしまう。  
熊川の背中を、冷たい汗が滑り落ちた。  
飛行機乗りの自分が死ぬのは覚悟の上だが、若い栗村を死なせるのは酷過ぎる。  
あと飛行場の端まで百メートルもないと熊川が思った時、それまで地面 を掴んでいた車輪が、突然、音もなく離れた。  
伝わって来る振動は、エンジンだけになる。  
重い機体が僅かに地面から浮いたのだ。  
エンジンは一杯に動き、プロペラは懸命に回っているが、機体はほんの僅か地面 を離れただけで、はかばかしくは上昇してくれない。  
栗村が首を伸ばして下を見て、またすぐ首を縮めたのは、思ったより地面 が低くかったからに違いない。  
青年日本号は、まるで肥り過ぎた鵞鳥のように、ブルブル震えて羽田の海を摺るように飛んでいる。  
釣り船の帆柱を辛うじて、車輪が避けた。 
ここで焦って高度を取ろうとして、ハンドルを引いて機首を起したりすると、失速して海に突っ込んでしまう。  

熊川はエンジンの温度計を睨んだ。  
永くフルスロットルが続いているから、エンジンが過熱するのが心配だった。  
九百三十キロを離陸させ、上昇させるのに、百二馬力のエンジンも汗をかいているのに違いなかった。  
幸い前方は東京湾だ。  お台場さえ避ければ、煙突もなければ燈台もない。  
熊川は両手の親指に力を籠めて、機首が上がらず、失速しないようにジワジワほんの僅かづつ、高度を上げて行く。

これからローマまでとは言わず、せめてモスコーまで、何回この重い機体を百二馬力で飛ばすことになるのかと、漸く五十メートルまで上がってホッとした熊川は、顎を引いて思った。
操縦士は安全高度に達するたびに、毎度改めて自分の命を噛み締める。                
[目次へ]