第268回 『呑む、打つ、買う、の噺』(その4)


日取りもシキの手配も、回銭の用意も出来たから、あとは子分たちの配置と盆の設営だ。  
昨日盃を貰った駆け出しから総長まで、博徒は博奕で飯を喰っている。他のシノギは、所詮副業でしかない。  
二十人の客を集めて、花札博奕の盆を開けてテラ銭を取ろうと思ったら、最低でも十人の子分が要る。  
当時、客は全員煙草吸いだ。客二人に一つは灰皿が要る。2〜3本吸い殻が溜まったら、「失礼ッ」と言ってサッと替えなければならない。長丁場になれば煙草も切れる。ひとりひとり銘柄も違うから、準備をしていても途中で買い出しに走ることもある。喉も渇くから湯茶の面倒も見る。  
日頃から周囲に気配り出来る、動きのいい若い衆でなければ、そんな役廻りには就けられない。誰でもいいわけじゃないんだ。こういう細かい仕事がさりげなくきちんと出来るか出来ないかで、客に代貸の器量が見られる。  
灰皿や湯茶の係は座敷の中、盆廻りの仕事で、シキの外側にもいろんな役回りがある。  
シキの外の物陰に立って、来た客に、「ようお越しを……」と、気張った声ではなく落ち着いたワケの分かった年季の入った声で、挨拶するのがシキテンの役目だ。駆け出しには務まらない。冬は寒く夏は蚊が大変なのだが、シキテンは兄ぃの仕事だ。  
入って来たのが客ではなくて、私服のデコスケ(刑事)だったら、シキテンは公務執行妨害で二年半の実刑は覚悟しなければならない。手入れの時に客が逃げるまでデコスケを食い止めるのも、シキテンの大事な役目なんだ。  
俺のシキテンは、台の上に置いたリンゴを手刀で割る凄い三十男だったが、五年ほど前に肝臓癌で身罷った。リンゴより肝臓癌の方が強かったらしい。  
俺が手に入れたばかりのシボレーで、北関東のある博奕場に行った時の話だ。

大好きな“手本引き”を、下手な連中を集めてやっていると聞いて、俺は渋谷を出発する時からワクワクしていた。  
シキは巾4メートルほどの川に木の橋が掛かった道路の向こう側にあって、障子に人影がチラチラ映る。橋の向こう側から顔を出したシキテンが「車はうちの若い衆が駐車場に止めるから……」とハンドサインを送ってくれる。  
博奕場の匂いが止めたシボレーの運転席まで漂って来て、俺の心はとにかく早く盆に座りたい一心だった。俺はシキテンに頷いてドアをサッと開けて颯爽と降り立った…はずだった。  
シボレーはアメリカ車だから左ハンドルで、運転席もイギリス車や日本車とは逆の左に付いている。そんなことをすっかり忘れてしまうほどの魔力が、“手本引き”にはあったということだ。  
ドアを開けてオデコから先に運転席を跳び出した俺は、俺の爪先は、触るはずの地面には触れもせず宙に浮いて、次の瞬間尻から先に川の中に落ちた。  
冷静沈着で他人に“慌てずのナオ”と、二つ名で呼ばれた俺も、この時ばかりはギャッとかウォッと叫んだのに違いない。向こう岸の盆では敵の殴り込みか、警察の手入れだと思って、客が立ち上がって騒然となったらしい。  
「なんでもござんせん。客人が一人川の中に着到(チャクトウ・到着のこと)しただけでござんす」  と、代貸が博奕場で飛び交う低い声ではなく、凛とした張りのある声で場を鎮める。シキテンの「渋谷のお人、もうちっと普通にお越しいただけませんかね」と俺のビショ濡れの頭の上から呆れた声が落ちてくる。穴があったらつむじから入り込みたい場面だった。
こんな風にシキテンはいつも落ち着いて状況判断し、物陰でじっと外回りを見張り続けるのだ。  

玄関にいて客人の履物を預かるのがゲソバンだ。下足札なんか渡さずに誰がどれを履いて来たか二十足以上覚えて、帰りもサッと玄関のたたきに出すのが役目だ。履物を間違えるのは、足をとられるといって、縁起の悪いことだから、これもバカではできない。安倍内閣の大臣には十年仕込んでも出来る奴は見当たらない。  

そして盆で一番大事なのが出方(デカタ)だ。  
“バッタ撒き”は二組九十六枚の花札を、三枚ずつアトとサキに伏せて置き、それを駒(客の賭け金・ズク)が揃った所で出方がサキから開け、三枚の数を足して九に近い方が勝つという博奕だ。  
花札の月を知らない読者も多いと思うので書いておく。  
松は一月で梅は二月、三月は桜で藤は四月、菖蒲が五月で牡丹が六月。そして赤萩が七月で坊主が八月、菊は九月で紅葉は十月だ。雨は十一月で霧は十二月だが、バッタ撒きでは雨と霧は紅葉と一緒に10と数える。
サキの三枚が梅と牡丹と霧なら、2と6と10で18になって10を除いて8のオイッチョだ。出方は三枚の札を右手で摘んで盆に抛り出した瞬間に、「サキはオイッチョ」と押し殺した低い声で告げるのだ。  
続いてアトの三枚も同様に開けて、これも手を離れた札が盆の白い布に落ちた瞬間、「 アトもオイッチョ。勝負なしでござんす」なんて言う。梅に赤萩それに菊で、すぐ8と読むのは、やってみれば分かるが、これはなかなか年季が要る技術だ。しかしこれが正確に出来なければ出方はそもそも務まらない。  
出方は花札・サイコロ博奕の花形で、盆の真ん中に座って全体に目を配って采配を振るう。俺は何年も修行したが遂に三流の出方にしかなれなかった。出方の気合と腕でテラ銭の上がりに大差がつく。  
盆に明るい、盆が見える、というのが最高の褒め言葉で、盆に暗いというのが反対語だ。 盆暗(ボンクラ)は、博奕場の言葉だった。  

もう俺は四十年も盆に座っていない。官は自分たちがテラを取っている競馬競輪を流行らせる為に、徹底して俺たちの盆を圧迫し、取り締まった。俺の前科は8犯までが賭博罪なのを見ても、どんなに官が非道く取り締まったかが分かる。同じ博奕のテラ取りなのに、官で懲役に行った奴はひとりもいない。  
本来賭博は博徒の専業なのだ。客を喜ばせることも、テラの取り方も知らないから競馬も競輪も詰まらなくなる。  
いまさらこんなことを書いても始まらないが、博徒は盆のカスリで飯を喰っているということが骨の髄まで染み込んでいるから、テラ銭を払ってくれる客を大事にした。官は客の懐から銭を吸い上げることしか考えないから、公営ギャンブルはどんどん客が減っていく。  
他にもいろんな役割の人員配置をする。出方の補助をする助出方(すけでかた)、回銭の受け渡し役、帳付け(誰にいくら渡したか帳簿に付ける)にテラ銭を管理する者、駐車場の係、用心棒、これは警察だけじゃない、博奕場を狙う押し込み強盗もいたんだ。    

テラ銭は“五分デラ”といって、貸元は勝った客から五分いただく。ただこれにもケースバイケースがあって、いろんなやり方がある。話が長くなるし、こんな知識があっても 読者の皆さんは何の役にも立たないだろうから、そのうち気分が向いたら書くことにする。  
兄貴の阿部錦吾は、俺の将来を心配して貸元としての仕込みをしてくれた。ところが俺は“手本引き”という博奕に魅せられて、“向こうブチ”になって一心不乱に博奕に励む。  
自分の腕を頼りに一匹狼の向こうブチで身を立てようと決めて、そんな自分に酔いしれていたんだろう。14歳でその世界に入って30年が経っていた。  

草臥れたから“打つ”はもう止めて、次回から楽しく芳しい“買う”だ。


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