第267回 『呑む、打つ、買う、の噺』(その3)


今から約50年前、非合法博奕全盛時代の博奕場(バクチジョーなんて読まないでくれ。バクチバだ)の様子とテラ取りの人員配置、そしておのおのの役割を、俺の記憶のままに書いておく。二年ほど前に全身麻酔を二度かけられたのと寄る年波の所為で、記憶違いもあるだろうが勘弁してくれ。

 関東古来の花札の“アトサキ・バッタ撒き”を例に取ろう。
博奕の総括責任者であるテラ取りの代貸は、まず会場と日時を決定する。シキと呼ばれる会場は、二十畳くらいの大広間と六畳ほどの座敷が要る。代貸と懇意な宿屋か寿司屋がよく選ばれる。警察の手入れがあると、宿屋の主人や寿司屋の大将もパクられることになるので、まるっきりのネス(素人)じゃ駄目だ。容疑は賭博開帳幇助のシキ提供だ。
定盆(じょうぼん)は、ゼロの日なら毎月10日・20日・30日(2月だけは28日)と決まっているが、不定期に開催される盆の場合、月中の金曜日の晩が選ばれることが多い。やはり月末や月初めは行事があったり、金策に忙しいなどの理由で客の集まりが悪いのだ。  
曜日は、たいていは金曜日の晩から始めて、勢いづいて土曜日の朝では終わらずに、夜になっても客が帰る気配を見せず、日曜日一杯の長丁場になってしまうことが、ままあることだからだ。  
こうしておけばカタギの旦那衆も、プロ野球に連れて行くと約束していた息子や孫をガッカリさせるくらいで、家業に煩いは少ない。  
これで思い出したが、その頃のテラ取り一家の若い衆は“パン屋、豆腐屋、先に勝たすな”というセオリーを叩き込まれた。  
朝が早い家業だから、盆を開けてすぐにパン屋と豆腐屋を勝たせると、「ほいじゃごめんなさい。仕込みは他人任せには出来ないもんで……」なんて言って、懐を膨らましたまま勝ち逃げしてしまう。これでは盆が寂しくなってテラ銭も上がらなくなる。  
いい客でも所詮はカタギの旦那衆だ。これがもし向こうブチの博徒だったら、儲けた銭(ゼニ)を懐にしたまま帰ってしまうようなことは決してしない。  
ちゃんと盆の隣りにある小座敷に寄って、「いい目を拾わせて頂きやした。先に立たせて頂きますが、この銭2〜3日うちにあっしに届けていただきゃぁ結構です」みたいな気の利いたことを代貸に言う。それが男を売る稼業の男伊達だ。  
これは勝った自分の銭をテラ取りの資金に融通するよ、ということなのだ。客が家業柄シブいパン屋と豆腐屋だけではテラ取りは干上がる。熱くなって、朝まで博奕にのめり込んでくれなければ、テラ取り一家の屋根にペンペン草が生えちまう。    

シキと日時、それに競技種目が決まれば、客への告知と人員配置だ。テラ銭をどう取るかも代貸はこの時点で慎重に考えなければ務まらない。代貸は考えることが沢山あるのだ。
客は普通二十人も声を掛ければいいだろう。 客で一番望ましい旦那は、懐にたんまり持って来る人で、こんな上客は三人いてくれれば、 当時の俺程度のテラ取り一家は充分やっていけた。  
問題はちょっぴりしか金を持って来ない客と、玄関を入ってすぐ「オイ」と右手を出す客だ。「一週間ですが、ようござんすね」と穏やかに念を突いて(念を押すではなく突く)代貸は回銭(かいせん)を握らせる。  
この回銭が盆を活気づけ、一番大切なテラ銭のあがりを左右するのだ。カタギで言えば、銀行の短期貸し付けにあたるが、客への回銭には金利はつけない。博奕場は、運転資金の潤沢さがキモだ。  
昭和30年代の俺の盆でも、最低で200万円は用意しておかなければならなかった。500万円あった時は自分でも分かったほど人相が良くなったのだから、我がことながら大した器量じゃない。準備した銭が多いほど心の余裕を生むのだ。  
回銭が工面出来ないテラ取りには、“回銭屋”という博徒専用の高利貸しが、盆にアタッシェケースを持ってやって来る。この高利貸し博徒は、半月1割で客ではなく盆、つまり代貸に貸すのだ。半月10%の“複利”だから、もし滞ったらたちまち指一本では済まなくなる。  

俺はロールスロイスに乗った回銭屋を一回だけ使ったことがあったが、カタギになった今でも人前でバンザイが出来るのは指が先まで全部付いているからだ。  
回銭屋は、暗黒街ではいい商売なんだ。代貸に貸すということは、一家の親分に貸すということだから、取りっぱぐれはまずない。 一家の看板がかかっている。  

まだアトサキのバッタ撒きは始まらない。何の役にも立たないが、これはその場にいた俺にしか書けない日本の賭博の記録だから詳しく書くと決めた。  
さ、シキも日取りも、客選びも回銭の工面も終わった。後は白い盆を設営して、若い衆を配置に付けてテラ銭を上げるだけだ。

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