第259回 『想い出のボクサーたち』


病気の事は辛気くさいから、もう書かない。当の俺が飽きてしまったのだから、読者はもっとウンザリなさっていらっしゃるのに違いない。  
俺はこんな風に、場の雰囲気や他人様の望むところが分かるんだ。だから30年前までは日本で51番目に上手い“手本引き”の胴師だったし、嘘やホラではなく日本で五本の指に入る竿師だった。竿師は安っぽいスケコマシではない。ゴロツキの憧れ、暗黒街のスーパースターなのだ。  
51番目の胴師だったことは、今回は公開しないが、博徒一家伝来の証拠文書がある。30年前に五本の指に入る竿師だったことは、ほとんど死んでしまっただろうが、裁判になればおそらく生き残りの凄い美魔婆様が2〜3人は何時でも最高裁にだって来て証言してくれる。    

まだまだいろいろ書きたいが、ウニが「なに言ってるんだ」という顔をしてガンを飛ばして来たから、本題に入ろう。  
今日はボクシングの噺だ。軽いクラスから始めよう。俺のするのは話じゃなくて噺だ。  
俺が目黒の権之助坂の屋外会場で、三迫仁志と武藤鏡一の試合を見たのは昭和29年か、もしかすると28年だったかもしれない。  
その頃はまだファイティング原田も海老原博幸も斉藤清作(後のたこ八郎)も野口恭もメインイベンターになる前で、フライ級にはとにかく凄いのがひしめいていた。  
横浜にはスピーディー章、京都には岩本正治、そして東京には白井義男。千葉にもリングネームを度忘れしたが、白井義男を負かした強いオッサンがいた。串田昇というブルファイターも忘れられない。  
ただの接近戦が上手なファイターとブルファイターとは違う。1ラウンド3分間、強弱をつけてショートパンチを打って打って打ち捲るのがブルファイターだ。3分は短いようで嫌になるほど長い。酒場で隣り合った学者風の爺様から聞いたのだが、ボクサーが1ラウンド闘った時の疲労度は、陸上競技のランナーが1500メートル走った時の疲労度と一緒なんだそうだ。  
ステップを踏んでヒップをくねらすストリッパーも、3分フルに踊りきれる女は滅多にいない。ほとんどが途中で動きをスローにして身体の緊張を緩めるか、ポーズを取って一息つく。  
ストリップの定番『タブー』をかけて踊ってみなくても、鼻を摘んで口を閉じて息を止めてみれば、3分がどんなに長いか森喜朗にも分かる。  
「なぜパンチに強弱をつけるんだ」と、俺はブンブン・マンシーニというファイターに訊いたことがある。  
「相手が息を吐いた時に、強い奴をボディーにえぐり込ませるんです。息を詰めている時はたいして効かないから軽く打っても同じです。相手の吐いた息が自分の頬か額に当たった時がチャンスです」と言う。結局世界タイトルは獲れなかったフェザー級だが、年長の俺に丁寧に接近戦の勘どころを教えてくれた。  

1952年、白井義男がダド・マリノから世界フライ級王座を奪って、日本中が歓喜に沸いた。この時のプロモーターがハワイの日系二世、サム一ノ瀬だ。いつも悲しそうな顔をしているのでサッド(悲しい)サムと呼ばれていた彼の尽力がなかったら、世界戦は実現しなかった。  
そして白井義男がチャンピオンベルトを巻いた瞬間から日本のボクシングが変わる。ルールが変わったわけじゃない。闘い方の主流がファイターからボクサーに変わったんだ。スイングを振って接近戦に持ち込み、フックやアッパーを打つファイターが減って、ジャブとストレートを打ち、フットワークを使って離れて闘う、クレバーなボクサーが矢鱈と増えた。  
矢鱈なんて書くと、俺がストレートパンチャーが嫌いだと思う読者がいるかも知れないが、それは違う。俺はファイターもボクサーも、みんな大好きなんだ。なぜ同じボクサーなのに、華麗なストレートパンチャーをわざわざ“ボクサー”と呼ぶのだろう。
 
ニューヨークのハーレム出身のサンディー・サドラーは、「両方のグラブの後ろでボクシングをしろ。相手のパンチを貰わなければ自然と勝つ」と、ディフェンスの甘い俺を見かねてだろう、何度も繰り返し教えてくれた。  
162戦して144勝、内103KOという、史上最強のフェザー級チャンピオンに俺が教えを乞えたのには訳がある。1955年、サンディー・サドラーは金子繁治との対戦のため来日していた。その時、俺はスパーリングパートナーとして一日2ラウンド2ドルで呼ばれたんだ。愛宕下にあった新和拳で十日ほど一緒に過ごすうちに、まともなテクニックも、呆れるほどダーティな反則技も教えて貰った。  
当時のレートは1ドル360円だから、俺は1日720円貰えるはずだったのに、700円しか貰えなくて首を捻っていたことを未だに覚えているんだから、俺も相当セコい。  
サンディー・サドラーは、肘を伸ばして両方のグラブを前に構える独特なフォームをしていた。スパーリングをしても、俺が必死になってステップインして打ったパンチはかすりもしない。まるでリングに舞い降りた黒い鶴だと思った。

金子繁治との試合は6回TKOで仕留めた。俺が知っているフェザー級は、赤沼明由もハーバート・カンも、人間離れをしたハードパンチャーだったが、サンディー・サドラーは別格の化け物のようなグレートチャンピオンだったのだ。  

次の回もボクシングの想い出噺をする。
 


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