第251回 『ガラじゃない』


今の俺には食欲とモロモロの雑念が残っているだけで、思い出しても我ながら浅ましくてハゲ頭が赤くなるほど旺盛だった金銭欲も物欲も性欲も、それに驚いたことに自己顕示欲さえ消え失せて、カケラもない。  
4〜5年かけて完成した三連単馬券に対応する馬券術も、1千万の月謝を取って希望者に伝授しようかとも思ったのだが、ウニに相談したら「パパ、止めとき」と言うので、止めた。  
俺は30年前に当時の連複馬券の必勝法を編み出して、それで凌いでいたのだが、作家で喰えるようになったので、みんなに公開しようと思って『極道の恩返し』を書いた。  
異常投票を発見して、それに便乗する馬券術だが、メチャクチャに高いテラ銭の壁を乗り越えて、この馬券術は仕事のなかった俄カタギの俺を作家になるまで養ってくれた。  
テラ取りの中央競馬会は慌てていろんな操作をしたし、連単や三連単馬券を主流にしてややこしくしたのだが、俺の編み出した馬券術の基本はまだ生きている。  
俺はそのうち寿命が来るが、女房殿とウニは、パチンコ屋とホストクラブさえ避けて通れば、まず心配はないだろう。もう俺は稼ぐ必要はないんだ。

以前は相撲取りかクジラのように呑んだ酒も、二度の全身麻酔の後遺症か、ビールが苦くてコップ半分しか飲めなくなった。この原稿を書いたら、大好きだった日本酒をちょっぴりやってみようかと考えていたのだが、もしこれも喉が受け付けなかったら哀しくなるだろうと思うと、怖くて挑戦できない。  
タコやイカや貝類は消化が悪いのでもう暫くの我慢だと女房殿に言われているが、他はサバでも銀ダラでもエボ鯛の干物でもなんでも食べられるのだから、なんの不満もない。

足元が頼りなくなった俺は参加出来ないが、 SEALDsの若い連中に期待する。  
子供をベビーカーに乗せてデモに参加するお母さんたちにも、会社帰りに国会議事堂前に駆けつけるサラリーマンにも“ガンバレ”と声をかけたい。  
女房殿とウニには戦争という究極の悲惨に遭わせたくない。  

いつでも俺はイヤなこと、マズい事態、人に嫌悪されること、そういうことは全て人の所為や世間の所為にして生きて来た。その方が楽だからだ。
もちろん全ての煩いの原因は自分にある。
そんなことは分かっている。いずれガンの転移でくたばるのも、イヤひょっとしたら散々毛が生えていると言われて来た心臓の発作か何かで一瞬にしてあの世に行くのも、 霜降りではなく背アブラの載ったサーロインで言えばニューヨークカットのところを、人並みで止めておけばいいのに30オンスもムシャムシャ食べたからだと俺には分かっている。  
薄汚い森喜朗や安倍晋三をテレビで見るたびに身の毛がよだつのも、俺が蓮舫チャンの 美しさにポーッとなって、投票所で隣のブースにいた女房殿に、「姓はレン、名はホウだ。 ホウは舟偏に方角の方だ」なんて小声で教えたからだ。女房殿は聞こえない振りをして俺を無視した。  
日々の努力の積み重ねや、大局を見て敢えて遠回りをする…なんていうのは苦手だ。面倒くさいんだ。その場の機転や得意のハッタリ、ウケ狙いや自己顕示欲で、大事な判断や選択をして来た。それは性分というものだ。考えてみるまでもなく、全ての原因は世にも愚かだった俺にある。
あーあ、でもやっぱりこういうのはガラじゃない。もういくら悔やんでもどうにもなるもんじゃない。  
仕方がないから、俺は井村屋のあずきバーの大きいのを齧る。
6本パックの小さい奴じゃない、大きい奴だ。そしてひと眠りしよう。  


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