第246回 『シャバに戻った!』


再入院して、もう一度腹を縦に40センチも切られたけど、5月末に目出たく“パロール”で出られた。
な、切られても撃たれても俺はくたばらないだろ。45年前に南米のジャングルで、干し首造りで有名なヒパロ族に襲われた時でも、8人のうち俺ともう一人だけ命を取られずに済んだ。  
しかし世界一素敵だった淡路恵子さんも、ヒットラーもスターリンも、それに菅原文太さんも死んで、もう生きてはいないのだから、人はどうも綺麗でも凶悪でもシブい俳優でも、必ず死んでしまうらしい。  
俺は人ではなくミミズだから多分大丈夫だと思うけど、もしかして人だといけないから、死ぬ覚悟だけはしておこうと思う。  
退院ではなく、“パロール”(仮釈放)というれっきとした英語の、しかも俗語ではなく法律用語を使ったのは、俺が知識をヒケラカしているのではない。そうならラテン語で書く。  
2度も大手術を受けた病院が、驚いたことにまるで法務省か厚労省の支配下にあるように、俺には思えたからだ。俺が冬から初夏まで無抵抗で閉じ込められていた病院は、まるで強制収容所か監獄みたいな所だった。
職員は過剰な謙譲語を使うのだが、そんなものはバカ丁寧な田舎ホテルの番頭か、安倍晋三内閣の子分どもと一緒なのだ。  
俺はそんな所で4ヶ月近くも、医師とナースの指示通りに過ごした。刑務所ではシンナーも吸ったしタバコも自在にやった俺だが、今回はタバコはもちろん、寝酒のビールすら呑まず、なんでも言われた通りにしていた。 78にして生まれて初めて模範囚をやったのだ。

名前は書かないが、ともかくこの病院の飯の不味さは、物に動じないので“慌てずのナオ”と異名を取った俺でも、口と食道が硬直して、どんなにヒモジくっても食べられなくなったほどだった。  
全快が満期出所だとしたら、俺は辛うじて自由になった仮出所のようなものだ。ローストビーフやステーキなら1キロはペロリと平らげ、ワインでも日本酒でもシロナガスクジラのように呑んでいた3年前75歳だった俺は、厚くて高かった91キロの壁を超えようと超人的なダイエットをしていた。  
ウソじゃない。俺はホラは吹くけど、ウソと丸髷はユッタことがないんだ。  
2012年の日記にちゃんと、「夕飯。豚バラ串刺し5本、生キャベツ少々。それだけ。ひと串は約70グラム。生ビール中ジョッキ4杯」と正確に書いてある。俺は女房殿に、天然記念物的ズボラ爺いと思われているのだが、実は律儀でマメな男だということがこの日記を見れば明らかだ。どんなに疑り深い検事や刑事にだって分かるのに、なぜか女房殿は分からない。
誠実で律儀で、正確でマメでなければ78まで生きられない。  
そんなわけで、病院から仮出所した俺は、黒酢の酢豚でビールをコップに半分だけ呑んで、すぐ洗面所のカンカンに裸になって乗る。 夏はいいな、すぐ裸になれる。  
69キロだった。中島らもは「牢屋でやせるダイエット」を書いてかなり売ったが、俺は「病院でやせるダイエット」が書ける。  
しかし唖然として洗面所の鏡を見たら、ライトウエルター級で闘った高校生の頃の俺がいた。両目の下に垂れ下がった袋はあるが、ほとんど俺は18歳に戻った。これなら日本一チャーミングな剛力彩芽ちゃんとデートをしてもおかしくない。

読者の皆様に厚く御礼を申し上げます。皆様の温かい激励のメールのおかげで、“ミミズのナオちゃん”は軽やかにステップを踏んで、颯爽とシャバに戻って参りました。  
しばらくお休みをいただいた間に、考えたこと感じたこともいろいろありました。あまり無理をせずに少しづつペースを取り戻して、これからも書いていきます。
「あんぽんたんな日々」をどうぞ宜しくお願いします。  


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