第241回 『大事なマニュアル』


俺は毎朝、スッポンポンの丸裸になって体重を計る。  
寒い冬の朝は目が醒めるとまずエアコンのヒーターを入れてから、起き出してトイレに行く。この手順を間違えると、朝飯を不機嫌な顔で食べることになる。  
起き出して、パジャマを脱いですぐ体重計に乗ってはいけない。体重を気にしていない方には分からないだろうが、トイレに行ってから計るのと、行かずに計ったのとでは300 グラムくらい違うのだ。  
今日現在82.7キロで、鬼が嗤うだろうが来年の5月までに、80キロを割る予定だ。もうモーニングもタキシードも、それに剛力彩芽チャンと手を組んで歩きたかったディナージャケットも試してみるまでもなくブカブカで、とても着られないだろう。  
いずれも100キロ以上あった、恰幅の良かった頃に作ったものだ。未練がましく今もクローゼットの中に吊るしてある。  
“恰幅の良かった頃”なんて書けば少しは格好いいのだが、定期検診に行って体重を計ると、“過体重”のもうひとつ上の、“ひどい過体重”というところにチェックをされた紙を渡される。俺だって人並みに傷つく。
そもそも20年ほど前に、麻布中学の同窓だった医者に「お前は太り過ぎだ。軽自動車のエンジンに、ダンプカーのボディーを載せて走っているようなものだ。このままでは10年後の生存は保証出来ない」と言われたのが発端だ。  
その頃は目の回るような忙しさで、そんなこと言われても、日々のスケジュールをこなすのがやっとで、ダイエットどころの話じゃなかった。おおいに飲み、おおいに食べるのが、唯一のストレスの解消法だったのだ。
ピークは104キロだった。その後15年ほどで10キロ落とし、この5年で11キロ落として今の体重になった。  
そんなワケで、マニュアル通りトイレに行って入念に絞り出し、やっとヒーターが温風を噴き出し始めた寒い寝室で俺は男らしく体重計に乗る。
無造作に乗るのではない。元3流ボクサーの習性で、秤に乗る時は左足からソッと乗せ、続いて右足を静かーに乗せる。こうすると100グラムは違うと、50年前の知識が今でも俺の寝室では通用している。  

俺がまだ丸裸で体重計の上にいた時、寝室のドアを額で押して、兄弟分のウニが入って来た。  
「ママはもうエボ鯛の干物を焼いているよ。早く降りておいでよ」と、ウニは体重計の上の俺にネコ語で叫ぶ。  
「兄弟おはよう」。兄弟分と言っても俺は五厘下がりだから、ウニと二人だけの今みたいな場面では、“兄弟”と言えるのだが、余方(ヨカタ、他の馬や犬猫、ヒト)がいる時は、“兄貴”と言わなければならない。  
俺は右足を体重計の上から外して、見上げているウニを掬い上げる。慌てたウニは34センチの尻尾を振ってバタバタする。俺はダイダイ色をした鼻にペロッとキスするのが好きなのだが、ウニはこれが嫌いらしい。  
両手は俺の胸に抱え込まれているからウニは防ぎようがない。俺はウニの鼻をペロリと舐めた。  
それと同時に右足を体重計の上に戻す。出た数字を頭の中で瞬間的に計算した。つまり出た数字から俺の体重を引いたってことだ。  
「重いと思ったらお前さん6.6キロもあるぞ。ダイエットして俺みたいにスリムにならなくちゃ駄目だ」と、俺がネコ語で言ったら、ウニは、「えー、ママに言うの?」なんて、求刑公判みたいな顔になる。  
俺たちは判決公判の時は、不安な顔をしないけど、求刑の時には顔が硬くなるんだ。  
「一家の親分に異変を知らせるのが、子分の俺の役目だ」と言ったら、ウニは後ろ足で蹴って俺の胸から跳び出すと、「#%&‘(=|¥)#*」と、とても翻訳し兼ねる汚いネコ語を連発してドアの外に消えた。  
ウニはウチでは“カマボコ・キャット”というほどカマボコが好きで、それが食卓にのぼると、「ちょうだい。ちょうだい」と啼きわめく。つい1枚、2枚とあげてしまうのだが 、それがいけなかったのか?ウニは俺の体重の約12分の1だから、カマボコ1枚が12枚分なのだ。  
ウニも8歳になった。今までより運動量も減っている。よく見ると顔は丸くなり、お腹のあたりはタプタプしている。  
ウニの健康の為に、俺は心を鬼にして2015年からウニのダイエットに取り組むことにした。
 


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