第239回 『謎の本棚』


急に寒くなったので、俺は昨日冬のパジャマに換えた。そしてそのまま今日、真っ昼間の仕事部屋にいる。  
仕事部屋は玄関と同じ1階にあるのだが、宅配便がインタフォンを鳴らしても、ハンコを手に気軽にドアを開けるわけにはいかない。 家のエリアのクロネコヤマトは、二年ほど前からとてもチャーミングな娘さんが担当している。  
パジャマ姿で玄関に出て、もしヒョンなことが起こったら、エボラ出血熱どころの騒ぎでは済まなくなる。  
クロネコヤマトの娘さんが、俺が礼を言って荷物を受け取り、ハンコを付いた途端、俺にむしゃぶりついて来るかもしれない。  
無精髭を生やしてパジャマのままの、ちょっと無防備な年配男に萌える女の子は多いんだ(どこに?)。もしそうなったら、家の玄関先はたちまちJ-COMの940チャンネルの撮影現場になってしまう。  
普通そんなことにはなかなかならないが(当たり前だ)、俺は女に恥を掻かせたくない親切な男だから、頭の中でいろんなシチュエーションを考える。  
これは一部の特殊な価値観と想像力の問題なのだが、幸か不幸かこの30年間、俺は作家を稼業にしている。作家は、やれ殺人だ、ダブル不倫だ、輪姦だと、そんなことばかり考えている一種異様な変人だから、勿論カタギではない。  
定まった時間に毎日働いて、定まった収入を手にするのがカタギで、憧れちゃいるが残念ながら俺は一度もやったことがない。  
妄想の限りを四方八方に広げなければ、物語なんか生まれない。エドモン・ダンテスが脱獄して、宝物も地位や名誉も手にしなければ、ハラハラ・ワクワク・ドキドキしないだろ。  
どんなことでも起こる時は、起こるのだ。草食動物だと安心していた猪が、この前埼玉で人に噛み付いた。芋やトウモロコシと間違えたのではない。本気でライオンみたいに人を襲ってきたのだ。  
俺の友人の山田詠美は、ゴミ出しに外へ出た女房が清掃車のオッサンと電撃的な恋に落ち、アッと言う間にその車に乗って駆け落ちする…という小説を書いた。  
だから作家の俺は、パジャマでは玄関に出ないことにしている。  

今、俺がどうしても分からずに頭を捻って考え込んでいることがある。  
俺が17歳の時に祖父から貰った本棚のことだ。奥行きは40pと薄いのだが、巾は140pで高さは180p以上もある立派な物で、二階のリビングに置いてある。  
扉に張ってある昔のソーダ硝子も無傷で、桜の木で造られたとてもお洒落な明治時代の西洋家具だ。多分120年くらい経っているアンティークで、繊細な象嵌も施してある。そんな高価な物ではなかったと思うが、明治時代にこの本棚のような西洋家具は、神戸か横浜くらいしか需要がなかった。  
しかし60年ほど前に、須磨の月見山の祖父の家で貰ったことは確かなのだが、その後の経緯がまったく思い出せない。  
どうして今我が家に鎮座して、ウニの絶好の見晴らし台になっているのか、検事や刑事の前でトボケているのではなく、ホントの本当で思い出せないのだ。  
その頃の俺はチンピラだった。汽車かトラックで東京に運んだのだろうが、なんの記憶もない。この25年ほどは安定した暮らしをしているが、それまではイロイロあり過ぎて書ききれない。  
鑑別所や拘置所にも数えきれないほど入ったし、清掃車ではないけど逃げたこともある。 東京以外の街に住んだ事も、海外で暮らした事もある。そんな時、この本棚は、誰が預かってくれていたのか?  
実家の父母でも姉兄でもない。直吉という雌ネコを20年も預かってくれた従兄弟の小野寺夫妻でもない。そもそも“ちょっと預かって”と気楽に言えるようシロモノではない。    

祖父の形見として大事にしている。今は俺の著作を全部入れて置いてあるのだが、はてどうしてここにあるのか、やっぱり不思議なことがあるものだ。
ますます俺はパジャマでは玄関に出られない。  


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