第237回 『ニュース映画の頃』


俺は眠れないまま寝室のテレビをぼんやり見ていた。地上波かCSか、チャンネルは分からない。
俺は基本的にテレビと大新聞が大嫌いだから、チャンネルをあまり意識していないのだ。 早く眠気が来ないかと思いながら、画面を見ていたら、思わず目が画面に引きつけられて、少しトロトロしかかっていたのに完全に醒めてしまった。  
「自分はこれまでずっと“神”だと言っていたが、実は飯を喰いトイレにも行く“人”なのだ」。これは俺の超意訳だが、いわゆる人間宣言をした昭和天皇が広島へ巡行した時のニュース映画だった。  
毎年8月15日が近くなると、テレビ局はこの手の古いフィルムを引っぱり出して来て、よく写す。  
60〜70年前のニュース映画だ。1945年の夏に戦争が惨敗して終わると、焼け残った映画館では、それまで禁止されていた洋画(日本映画を邦画と言ったのに対して、外国映画は洋画)を上映した。  
ディアナ・ダービンの「オーケストラの少女」、ビング・クロスビーの「ホワイトクリスマス」、エロール・フリンの「鉄腕ジム」、ヴィクター・マチュアの「最後の地獄船」、俺は暇だから、まだ書く。  
フレッド・マクマレイの「旋風大尉」、ジョン・ウエインの「駅馬車」、マーガレット・オブライエンとジャッキー・ブッチ・ジェンキンスの「緑のそよ風」、ウィリアム・エリオットの「拳銃の嵐」、フレッド・アステアの「トップハット」、ジョニー・ワイズミユラーの「ターザン」、エスター・ウィリアムズの「水着の女王」。  
まだまだあるぞ。ジョゼフ・コットンとオーソン・ウェルズの「第三の男」。最後のシーンで真っすぐ前を見つめて墓地の並木道を歩くアリダ・ヴァリが、格好よくて俺は痺れた。  
イタリア映画では、ヴィットリオ・ガスマンとシルヴァーナ・マンガーノの「にがい米」、「明日では遅過ぎる」のピア・アンジェリが俺好みだった。フランス映画の「天井桟敷の人々」を見たのもこの頃だ。  
俺は、女と銀行と警察以外は嘘を吐かないと子供の頃から決めている。だからここでも嘘は滅多に書かない。ホントの本当を白状すると、題名が思い出せなくて「拳銃の嵐」と「水着の女王」だけは、パソコンで検索した。  
しかし僅かその二つで、ジェーン・ワイマンやジーン・テイアニーは、現代の剛力彩芽ちゃんを遥かに凌駕するほど綺麗で素敵だったと確かに記憶しているのだから、3日前の事は忘れていても、年寄りの記憶力をバカにしてはいけない。  

こういう数々の映画との出会いが、多感な当時のナオヤ少年の鋭い感性を磨き(?)、知識を深め(??)、教養となって(???)、今の俺を創ったんだ。しかし映画館で出会ったのはそれだけではない。  
テレビの“昔のニュース映画”を見て思い出した。あの頃は映画の本編の前には必ず予告編を何本かと、日本と海外のニュース映画を一本づつ映した。  
イギリスのニュース映画はアナウンサーが、…とここまで書いて不安になって検索したら、“タテワキ”ではなく“竹脇”昌作だったから、俺は記憶力も凄いが、勘違い力も凄いのだ。ヘンな思い込みや勘違いをしたまま、何十年も経って、ある日どこかで赤っ恥をかくこともある。それに竹脇昌作はイギリスのニュース映画ではなく、アメリカだと書いてある。  
それはともかく竹脇昌作のアナウンスが見事で、俺は聴き惚れた覚えがある。竹脇節とかマダムキラーボイスとか言われて、当代一の人気アナウンサーだったのだ。そう竹脇無我のお父さんだ。  
外国のニュース映画で、俺はジャージージョー・ウオルコットもミッキー・マントルも、ジョー・ディマジオも見ている。  
クリーブランド・インディアンスのボブ・フェラーだって、ニュース映画でちゃんと見ている。  
でもニュース映画はほんの5分ほどだったから、ルー・ボードローのゲッツーなんか一瞬のことだ。もう一度この映像を見たいと思ったら、また最初から映画を見なければならない。つまらない二本立てだったりしたら、それこそ地獄だ。だから俺はその頃よく映画館に一日中籠っていた。  
テレビが無かった頃だから、この外国ニュース映画が大袈裟ではなく、世界を覗く俺の唯一の窓だったのだ。  


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