第234回 『大根おろしと葡萄パン』


大根おろしは、焼き魚には欠かせない。秋刀魚の塩焼きは勿論、イワシの生干しも大根おろしがなければ美味しさが半減する。  
俺は若い頃いろんな刑務所に、たいてい無実の罪(←俺の見解)で放り込まれたけど、刑務所のメシには、たまに出る焼き魚に大根おろしはついてこなかった。  
俺は炊場(すいじょう)なんて役席(えきせき)には、一度も配役(はいえき)されたことがないから想像で書くのだが、これは手間がかかって面倒くさいから付けなかったのだろう。  
やってみれば分かるが、大根おろしを擂り下ろすのは想像するよりずっと大変な作業だ。  
だいたい家庭用のおろし金は小さ過ぎる。最初のうちはともかく、大根が小さくなると持ちづらくなって親指をおろし金に擦ってしまいそうになる。
刃が互い違いに立っているから、指先にかなりな力が必要だ。やっているうちに段々手首まで痛くなってくる。  
我が家にはミキサーという、たいていどこの台所にもある文明の利器がない。女房殿がこの機械を好きではないからだ。大根おろしに使えば便利で、アッと言う間にドンブリ一杯できると俺は思っているのだが、言ってもどうにもならないことだから賢くて狡い老人は黙っている。兄弟分のウニも大根おろしには無関心だ。  
そうだ。ホッケに大根おろしが、ほんのちょっぴり付いてきた刑務所があった。こういう事は、書いているうちに突然思い出すんだ。 これだけで自分がまだ認知症ではないとホッとする。俺は内心、アル中と認知症を強がりバカの安倍晋三より恐れているのだ。  
それは赤煉瓦の中野刑務所だった。俺が若い頃は豊多摩刑務所と呼ばれていて、昭和32年に中野刑務所と改称されたのだ。ここでは日曜日の朝、ごく控え目に砂糖とクリームを入れたコーヒーを出してくれた。  
俺は反射的にクリームと書いてしまうのだが、今はミルクと言うのだろう。しかし俺にはコーヒーにはクリーム、紅茶にはミルクと刷り込まれている。  
ホッケに大根おろしを付けてくれた中野刑務所も昭和58年に閉鎖された。

最近、女房殿が通販でもの凄い発明品を買った。昔から居酒屋や定食屋では使われていたのかもしれないが、俺にとっては驚愕の発明品なんだ。
小分けされた冷凍の大根おろしだ。フランスの物理学者ポ・アンカレは、「発明は研究により、発見は直観による」と言った。これは 俺が知っている日本の発明品では、第四位に入る。ゼロ戦、新幹線、それにウォシュレットに次ぐ四位だ。
埼玉のなんとかフーズが、擂り下ろした大根おろしを30グラムの小袋に詰めて冷凍して、50袋入りで売っていた。業務用と書いてある。通販で素早く見つけて、手に入れた女房殿も偉いが、なんとかフーズには国民栄誉賞をあげたい。
この素晴らしい製品を四大発明だと見た途端に俺は決めたのだが、埼玉の技術者が製品化したこれは、発明ではなく発見だったと気が付いて、俺はわさび醤油を付ける前の上等なカマボコを見た時のウニのように、心も身体も痺れた。  
解凍して食べてみたら、俺が一所懸命おろし金で擦ったものと味は変わらない。オボちゃんの理研でも出来なかった大発見だ。これでナメコおろしも、シラスおろしも、出汁巻き玉子もドンと来いだ。  
俺はこれからは大根おろしから免れて、もっと有意義な仕事に集中できる。

この2ヶ月ほどマイブームになっているのは、葡萄パンだ。近所のパン屋で売っている葡萄パンが旨くて堪らない。  
普通の食パンより一回り小さいサイズなのだが、入っているレーズンの量が多いのが嬉しい。一斤を少し厚めの6枚切りにしてもらって、トーストしてバターだけで食べると、レーズンの甘さが際立ってうっとりする。
最近とみに甘いものを食べたくなって、そういうときは、バターを塗った上にピーナッツバターを5ミリほどの厚さに重ね塗りする。 もう目も眩むほどの旨さだ。
葡萄パンってこんなに旨かったっけ?幾つになってもいろんな発見があるもんだ。


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