第228回 『誰か書いてくれないかなぁ』


俺は一週間の旅に出る前に、荻窪の古本屋へ行って、司馬遼太郎の文庫版『功名が辻』を、四冊430円で買って来た。同じ本を四冊買うバカはいない。『功名が辻』は、山内一豊が五十石取りの若侍から、土佐二十二万石の領主になるまでを、妻千代の視点から描いた大長編だ。
一巻から四巻まで、かなり状態のいい文庫本が、五百円玉一つでお釣まで来るんだから、これは安い。この古本屋では先月、四六版の『バルカン戦争』を買ったのだが、戦前の昭和三年に発禁になったポルノの古典だと思っていたら、とてもまともな反戦文学だったことを知って驚いた。
こんな本を発禁にした戦前の日本は、俺は幼児だったからいいようなものの、どうにも我慢しかねる。
役人が知ったげにこういう本を発禁にする国に俺は住みたくないし、無能で教養に欠ける三代目の苦労知らずに憲法を勝手に解釈されたり、原発を再起動されたりする国が嫌だ。  
ただ嫌なのではない。小栗旬にそっくりだと言われる俺の顔が、麻生太郎みたいに歪むほど、嫌で嫌で堪らない。  
だから七十七になって、もしや余生を過ごすのに、日本より安全で腹の立たない国はないかと、俺は一週間の旅に出たのだが、女房殿にはそんなことは話していない。  

買ったばかりのノートパソコンが「○○なのだ」と書くところを、「○○なんだ」と書くたびに、お節介にも生意気にも赤でアンダーラインをつけるのが癇に障る。  
この齧ったリンゴが蓋に付いているパソコンは、「嫌で嫌で」と書いたところまで、赤線を引く。「間違いですよ」と言っているみたいな赤線が小賢しい。俺は話し言葉で書く時もあるし、形容詞をダブらせるのも得意なんだ。  
俺はコンピューターがうるさく干渉しないところに、ウニと女房殿と一緒に引っ越したい。  
何処かマシな国に、ウニを連れて移住しようと、今までに何度も家の絶対専制君主をしておいでの女房殿に上奏したのだが、いい返事は返ってこない。ウニはもうすっかりフランス語圏の南の島に行くつもりで、俺に「蟹カマボコは女性名詞か?」なんて訊く。  
「もうこの歳でヨソの国の言葉を覚えたり、生活習慣の違いに適応するなんて面倒だ」というのが、絶対専制君主のミコトノリだから俺は沈黙するしかない。  
四冊の『功名が辻』を読みながら、俺は密かに南の島の国情と人気(ニンキじゃなくてジンキ)を探るつもりだ。  
俺は仕事がなかったから、飯を喰うために『塀の中の懲りない面々』を書き、幸いに良く売れて、七十七歳の今日までやってこられたが、自分では小説家とか作家だというよりも、読者だという想いの方が強い。  
まだ逮捕状を懐に、俺を所轄の少年課のデコスケが追いかけ回していた頃から、俺は司馬遼太郎の小説が好きだった。余談も余談、大余談だが、俺の父方の祖父・安部正也は、夏目漱石や正岡子規と予備門の同期で、正に『坂の上の雲』時代の人だった。  
全七巻の『坂の上の雲』は秋山好古・真之兄弟が日露戦争を闘って終わる。俺は日清・日露で終わって欲しくなかった。秋山兄弟の息子さんでも舞台回しにして、第一次世界大戦から太平洋戦争で日本が惨敗するまで、司馬遼太郎に書いて貰いたかった。  
太平洋戦争が始まって終わるまでは、五味川純平が名作『御前会議』で書いているが、俺は司馬遼太郎にも、この時代を書いて欲しかった。  
なぜ日露戦争で筆を置いてしまったのか。 それは日露戦争以後の日本人が、あまりにも愚かで不誠実過ぎて、司馬遼太郎は執筆する意欲を失ってしまったのだと思う。  
司馬遼太郎に代わって、日露戦争から太平洋戦争が終わり、今に至る日本を書いてくれる、志が高くて腕のいい小説家はいないのか。  
俺は『三国史』を書き了えた北方謙三さんに、是非書いて頂きたい。北方さんしか俺には思いつかない。  
南の島から帰って来て、どこかのバーで北方謙三さんにお目に掛かったら、俺はしつこくお願いして、迷惑がられたり持て余されたりするだろう。そんなことは分かっているけど、ね、俺の生きているうちに書いてよ、謙ちゃん。

 


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