第225回 『一年振りのマカオ』


旅行社のH.I.S.から帰って来た女房殿が、「今回はビジネスクラスでゆったり行くわ」と言った。
俺たち夫婦はほとんど毎年マカオに行くけど、 名物料理や名所旧跡の見物が目的ではない。4泊でも5泊でも、俺たちはホテルから滅多に外に出ず、旨い中華に舌鼓を打って、持って来た本を読み耽り、後の時間はゲームに費やすのだ。
俺は自慢じゃないけど昭和30年代から、マカオに来ている。その頃はリスボアが定宿で、まだハイアライなんて博奕が大変な人気だった。
8人の選手が勝ち抜き方式で闘い、誰が一位で誰が二位になるかという、人間競馬みたいな博奕だ。利き腕の先に付けた籐製のカゴで球を受け、壁に打ち付けるという競技だ。  
このハイアライは八百長が当たり前で、どんなストーリーで決着が付くか推理して張るという、とても大人っぽい博奕だった。日本でも自民党の古株の議員が、何度もハイアライ法案を国会に出そうとして実現しなかったと記憶している。  
本場のマカオでもテラ銭が取りにくいのか、プロレスのバトルロイヤルで、最後までリングに残った二人の勝敗を当てるようなバカ臭さが当局の気に入らなかったのか、いつの間にかなくなってしまった。  
俺はこのハイアライと、ファンタンが大好きだったが、ファンタンもなくなりはしないが、すっかり人気が落ちて、反対側の壁が見えないほど広大なヴェネチアンのカジノでも、目を凝らして探してもファンタンのテーブルは見つからない。  

俺はケージに入れてウニをグリム動物病院に連れて行く。毎年行っているヴェネチアンホテルは、煙草は喫めるけどネコは泊めてくれない。  
成田に空港を造ったのは、みんなもう忘れているが自民党のバカ爺ぃどもと官僚だ。杉並からタクシー代が片道3万円もかかる。  
偏西風をモロに受けるから、往きはマカオまで5時間かかるのだが、空港からホテルまでホンの10分で着くのがいい。  
ホテルの入り口からフロントまで、女房殿はガイドのオバちゃんと一緒に先を歩き、俺は5メートルほど後ろをカートを挽いて付いて行く。  
素晴らしく綺麗な、姿がいい女がケバいなりで向こうから歩いて来て、すれ違いざま俺にウィンクする。うわッ大変だ。立ち止まってサービス内容と値段なんか訊いたりしたらエライことになると、利口で健気な俺は両目を瞑る。女房殿とガイドさんも、その美しい女に気が付いていた。  
「最近はあの手の娼婦が増えて……」とガイドさんは眉を顰めたが、眉を顰めるようなことであるもんか。俺はもう後期高齢者だから用は余りないけど、若い連中にとっては綺麗な方がいいに決まっている。  
女は“人三化け七”でも嫁に行けるが、娼婦は余程のグロ好きか変わり者が群れている所でなければ喰いっぱぐれる。こんな真理はホームページだから書けるので、雑誌や新聞に書いたら最後、作家という肩書きを喪う。  

俺は“大小”と“ブラックジャック”が専門だけど、女房殿は20セント(1香港ドルは13円)のスロットマシーンしかやらない。3時間でも5時間でも脇目も振らずにやり続けるのが、女房殿の唯一の息抜きなんだ。  
ウニの御飯の心配も、砂箱の掃除もしなくていい。頭がカラッポになるのがいいんだそうだ。死んだオフクロが、「綱島温泉でいいから、毎日のお献立と洗い物がない所に、たまには行きたい」と言っていたことを俺は思い出す。  
元博徒の俺が見ていても、贔屓目じゃなく女房殿はスロットマシーンが上手い。俺たちの言う“駒の上げ下げ”が堂に入ってる。そろそろ図柄が揃うタイミングだと読むと、躊躇わず賭け金を3倍にしたり10倍にしたりする。  
大当たりすると賑やかに鳴り立てるファンファーレの中で、家では滅多に見せない、してやったりという顔になる。こういう印象を“莞爾”というんだろうが、俺は使ったことがない。知ってるけど使わないんだ、ということが書きたくて、わざわざ書いたのが、俺の俺たる所以だ。ヒヒヒ。  
今回のマカオは女房殿の保養と、気分転換が目的だから俺はあまりテーブルには近づかず、横に張り付いて用心棒を務める。  
しかし、中国人は凄い。バブルの頃の日本人も凄かったけど、すさまじさに大きな違いがある。ネギと塩鮭、ニンニクと豚を喰ってる違いだと俺は思う。  
毎年行くたびに新しいホテルが建っている印象だ。去年はギャラクシー、今年はサンズのカジノにも行ったが、とにかくどちらも人、人、人で溢れている。  
ヴェネチアンもバスが列になってホテルの入り口に着き、そこから吐き出された客が旗を掲げたガイドに付いてカジノに続くホテルの通路を、途切れることなく、本当に“引きも切らずに”通る。  
欧米人も日本人もほとんどいない。一階の通路で繋がっているフォーシーズンズホテルはいつ行っても静寂に包まれて品がいいのに、このホテルは昼間は芋の子を洗うような喧噪だ。  
そして野暮ったい身なりの男も女も、最小賭け金が1000ドル(13000円)のテーブルに坐って、何か叫びながらチップを抛るのだ。  
見栄っ張りの俺は、なかなかミニマムベットが1000ドルのテーブルには座れない。昭和30年代に博徒になった俺は、“一ッ張り”が500円の駒の盆で博奕のイロハを覚えたんだ。  
この連中は広い中国の何処から来て、月にいくら儲けるんだ? 何を職業にして年収はいくらなんだ? 
今年中に中国バブルが弾けるとか、シャドーバンキングのデフォルトが始まるとか、いろいろ言われているが、まるでどこ吹く風だ。巨象はそう簡単には倒れない。  
俺はもう“ブチッ気”も性欲もなくなって、ただの喰いしんぼになった。
                 


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