第222回 『お菓子屋で大人買い!』


俺はお菓子屋に行くと、それだけで胸が膨らむ。「なんだ、お前は酒呑みじゃねぇのか?」なんて、刑事か検事みたいな胡乱な顔をされても困る。
日本ハムの大谷選手はピッチャーもバッターもやる両刀遣いじゃないか。俺は酒も好きだが、甘いものにも目がない。  
五十歳ころまではクジラのように酒を呑んだが、今では哀しいことにアジサイの葉の上で昼寝している小さな緑色の蛙ほどしか呑めない。とにかく酒が弱くなったんだ。  
日本酒で三合、生ビールだと大ジョッキで二杯、自分のピッチで呑むと(この自分のピッチという所が急所なんだが)、五回に一回は蹴躓いて自転車のペダルに鼻を打ちつけたり、ピーターパンのように階段から飛んだりする。  
他人にペースを乱される時もヤバイ。「まぁまぁ、グイッと空けて…」なんて勧められて、注ぎ足されると、もう何杯呑んだか分からなくなって悲惨なことになる。  

酒呑みが胸を膨らませてお菓子屋に行ったって、法律違反じゃないぞ。“甘いもの好き”と取り立てて公言しなかっただけで、昔から嫌いだったわけじゃないんだ。  
そうだろ、若い頃の俺の容姿やイメージは、チョコレートパフェやきんつばやクリームあんみつとあんまり結びつかないだろ。  
俺が大好きなお菓子屋さんは、アーケードの舗道にまで商品が溢れ出しているんだ。女房殿にマフラーを引っ張られて、いつでも店の前を通り過ぎる俺だが、今日は違う。
ポケットには、貧相なオバさんの絵が書いてある五千円札が一枚入っているし、「甘いものと若い女は、身体に悪い」と日頃うるさい女房殿は、向かいの銀行のATMに並んでいるから、俺はツバメのように自由だ。  
それにしても日銀と財務省はなぜこんな、綺麗でも素敵でもないオバさんを、五千円札に使うんだろう。俺なら断然、安藤美姫か黒木メイサにする。こんなお札はいつまでも財布の中に入れておきたくない。  
カリントウもチョコレートも、それに最中も白い砂糖がこびり付いてる南京豆も身体に悪いなんて、「嘘の三八」だと俺は思っている。
偉い人は首相でも区役所の課長代理でも、ウチの女房殿にしたって本当ではないことを言う時は無意識に三か八を使うんだ。心理学者で同志社大学の学長だった遠藤旺吉先生は、「嘘のサンパチ」を学問的に娘婿だった俺に説明して下さった。  
マカダミアナッツ・チョコレートや最中で病気になっても、それが寿命だと俺は観念している。  
お菓子屋さんに飛び込んだ俺は、狭い通路をツバメのように飛び回る。俺の子供の頃は戦争中で甘いものはまるで無かった。チョコレートはおろか砂糖だってほとんど無い。甘いと言われて、帝国陸軍が廃棄した黄色い火薬を舐めてみたことがあるけど苦いだけだった。  
自然界でウットリするほど甘いものは、ハチミツとコロ柿くらいだ。スーパーでもコンビニでも甘いものだらけの今の子供たちは、本当に幸せだ。甘いものを食べると、脳ミソが満ち足りて元気が出る。食べ過ぎれば身体に悪いかも知れないが、毎日お菓子だけで生きている訳じゃないんだから、たまにはいいじゃないか。  

俺はお菓子屋さんのカゴに、まず大きな麩菓子の袋を入れる。お麩を黒砂糖に漬けた奴だ。ツバメは唄わないが、俺はオールディーズをハミングする。  
その次に森永のガトーショコラを、大きな箱だからそっと横にしてカゴの端に入れる。六個入りと箱に大きく書いてある。
マカダミアナッツ・チョコレートが、このお菓子屋には四種類もあって、それぞれ値段が微妙に違う。俺は躊躇わずに四種類全部、一箱づつ買った。せいぜいが二百円ぐらいのものだ。五千円札を一枚持っている俺はビクともしない。  
ツブ餡の最中があったから、思い切って四つ買う。砂糖をコーティングした南京豆も、大きな袋で買った。カリントウも、一番大きいのではなく二番目に大きいのを買ったのだから、俺だってちゃんと健康に配慮しているんだ。  
麩菓子が場所を取ったから、ここまででカゴは一杯になる。最後に俺は明治のブラック・チョコレートの大きな奴を二枚、ガトーショコラの箱の脇に滑り込ませた。  
ああ、本当に幸せな気分だ。お菓子屋の大人買いで、こんなにストレスを発散できるなんて大発見だ。俺はレジで1886円を、大嫌いな五千円札で払った。


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