第220回 『トークショー』


1月の23日に中央公論新社一階の普段はカフェになっている所で、山田詠美さんと1時間のトークショーとサイン会をやった。詠美さんと俺の共著、「人生相談劇場」のプロモーションだ。
詠美さんの熱烈なファンは多いが、俺にはそんなファンはいないから、集客が心配だった。会場に人がパラパラだったらと思うと、俺は顔が引きつってしまう。  
夕方の7時の開演だというから、俺とマネジャーの女房殿は1時間前の6時に控え室に入った。俺は本当に久し振りで、ネクタイこそしてはいないがボタンダウンのシャツを着て、ちゃんとジャケットを着ている。靴もよそゆきのビルケンシュトックのスエードを履いて、色を合わせた茶色の靴下まで穿いていたんだ。髭ももちろん剃って、歯も磨いた。  
ウチではジーンズに袖のほつれたトレーナーを来て、無精髭でノソノソしている俺だから、これが第一種礼装だ。  
スーツにネクタイを締めたのは、去年の夏、土橋正幸さんのお葬式だった。モーニングもタキシードもディナージャケットも、エナメルの靴も持ってはいるけど、もう何年も身に付けることはない。  

ビルのロビーから会場の脇を通って控え室に入ったのだが、もう5〜6人お客さんが来ていて、担当編集者の山田さんが「予約も随分入っているので、多分大丈夫でしょう」と言ってくれる。俺は余程心細い顔をしていたんだろう。  
みんな俺は図太くて強面な野蛮人だと決めているが、そんなことは30年も前のデビューした時に、文藝春秋と俺が創った虚像なんだ。  
“檻の中にいるタフな人喰いライオン”みたいな男が書いた本でなければ、初出版の「塀の中の懲りない面々」はミリオンセラーにはならなかったと思う。  
本当の俺は気が句読点ほど小さくて、ウニの左フックみたいに弱い、日々女房殿の顔色を伺いながら暮らす、どうってことない普通の爺いなんだ。  
詠美さんは控え室で白ワインをクイクイ飲んでいたけど、みんな俺には勧めない。この頃情けないほど酒が弱くなった俺を、編集長の三木さんも司会の島崎さんもみんな知っているんだ。
今からアベに飲ませるとトークショーが始まる頃には酔っ払ってハメを外すか、椅子から転げ落ちるに違いないと警戒したのだろう。  
40年前は房錦関や吉葉山関と、負けはしたもののハンデ無しで呑みっくらをした俺だぞ。  
「少し飲まないと上手く口が回らない」と言い訳を言って、俺は缶ビールを一缶だけ喉を鳴らして呑み干した。   

詠美さんの右手を水平に捧げ持って、エスコートした俺は会場に入る。
良かった、客席はちゃんと埋まっていた。トークショーが始まる。聴衆のほとんどは女の方で、一人づつ良く見るとチャーミングな方が多い。男は15人ほどしかいない。  
俺はこの10年、雑文しか書いていないから、お客はほとんど詠美さんの小説の読者だ。詠美さんは本音の話をする人だから、会場はとても盛り上がった。メモを取っている人までいた。一時間俺は、相槌とボケに徹する。ここではついワインを3杯飲んでしまった。  
サイン会も長い行列を作った。俺は下手な字で一所懸命サインしてハンコを押す。  
「アベさんのファンです。アベマニアなんです。『殴り殴られ』も『日本怪死人列伝』もとても良かった」と言ってくれた若い男の読者がいて、俺はとても嬉しかった。  

褒められ励まされると、酒が旨くて仕様がない。その晩、打ち上げの銀座の店で俺はしたたかに呑んでヘベレケになった。夜中に家に帰ると、不機嫌なウニは髭を震わせて「ニャン」と吠えた。  
意訳すると、「毎晩九時半にくれる夜食がまだだぞ。何処ほっつき歩いていたんだ」ということだが、「ニャン」と一言でこれだけの意味を持たせられるのは、髭も耳も使って喋るからだ。ホントだ。俺はウソと丸まげはユッタことがない。  
ああ、このフレーズもう6回も使った。
俺の才能は安倍晋三の脳味噌と一緒らしい。枯渇している。


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