第217回 『今年の買い物』


この歳になると、欲しい物がなくなる。腕時計も電池を取り替えるのが面倒なほど持っているし、カフスボタンはYシャツを着る機会がほとんどないので要らなくなった。ネクタイはもう何年も買っていない。
若い頃は欲しい物だらけで、金を工面したり、横取りしたり、盗んだり、大変だったが今になってみると懐かしい。  
床に穴が開いて地面が見えるルノー4CVに乗っていると、冬はせめて暖房が効いて、恋人がクシャミをしないで済むクルマが欲しかった。  
同年輩の男たちがほとんど全て最高学府で学んでいたのを横目で睨んでいた俺は、どこでもいいから大学に入りたかった。  
着る物、身につける小物には、自分なりのこだわりがあった。普通の人は見向きもしない物でも、俺には特別で、それを手に入れるためにいろんな無理をした。  

昭和27年、李承晩という韓国の大統領が漁業権拡大のため、独断で排他的経済水域を設定して、国際的に大モメにモメた。“李承晩ライン”と言われたこの水域に入った船には、臨検や拿捕・接収・銃撃と勝手なことをする。今問題になっている中国の防空識別圏みたいなものだ。勝手に設定すればトラブルになるのに決まっている。  
俺が19かハタチの頃だったから、昭和31年くらいだっただろうか。河豚を獲る日本の漁船を韓国の警備艇が拿捕したことがあった。その時、怒った右翼の大立て者が、「ひと泡噴かせてやる」と日本中に檄を飛ばし、渋谷からは何故か俺が選ばれて九州に行くことになった。  
俺はコルトとレミントンのガヴァメントを二挺と、装填した予備クリップを二つ持って行ったのだが、仙台の男が持って来た火炎放射器と、大阪弁の男が持って来た2.8インチのバズーカ砲には魂消た。
火炎放射器は旧式のボンベが二つ付いている奴だった。それを見て、「今の最新式はボンベが一本で、ずっと軽いぞ」と言った男に、「重くても古くても、相手を燃やしてみせまさー」と言い放った仙台の男には凄みがあった。
2.8インチのバズーカ男も、知ったげな奴が「あ、それは北鮮軍のソビエト製戦車に跳ね返された奴で、すぐアメリカ軍は3.3インチのに取り替えたんだよな」なんて言うと、目を据えて「あたしが撃つのは戦車じゃござんせん。警備艇でござんす。試しにオマハンのドタマ、どないになるか撃って御覧に入れますか?」と落ち着いたドスの利いた声で言い返した。
こういう古い事はまるで昨日のことのように俺は覚えているんだ。その時、古くても何でもいいから、火炎放射器とバズーカを俺も欲しいと思った。

欲しい物がなくなったのは、歳のせいだと思っていたら、先日若い人にipadというのをを見せられて、そうではないと分かった。
その小さくて軽い奴は、twin soul という言葉を俺に教えてくれる。もう三十年も遣わなかった英語だから、スペルが怪しい。けど、双子の魂か双子の想いだろう。この小さなコンピューターさえあれば、俺は憧れの詩人になれる。シャンソンやカンツォーネの訳詩なんて、一日に二十だって出来る。
俺は今スマホというのも持ってみたい。もう手遅れだろうが、このままでは超情報弱者になってしまう。ただの情報弱者ではない。俺には“超”か“弩”が付く。
でも欲しいと思っても、たいてい買わないで終わってしまう。これが、好奇心とか意欲の衰えなんだと思う。行ってみたい所、見てみたい物があっても、行動には結びつかない。
俺は今年で運転を止めて、クルマを売った。空いた駐車スペースに栗か柚が植えたいと思ったら、女房とウニに反対されて俺の提案は却下された。
でもこの金で何か買おうと思って、何年も前から欲しかったが、結構高額なので買わずにいたマッサージチェアを今回手に入れようと思ったのだ。女房殿とウニのOKが出て、早速吉祥寺のヤマギワで気に入った物を手に入れた。
これが今年一番の大当たりで、真に申し分ない。肩から腰から掌から足裏まで揉みあげ、叩き捲ってくれる。ウォシュレットで驚いている外国人は、肝を潰すに違いない。マッサージチェアはゼロ戦とウォシュレットにつぐ、日本の国家的発明だと、俺が言ったのではなく、家で二番目に偉いウニが言った。
ウニはマッサージはしないが、日がなこの椅子の上でふんぞり返っている。俺が使うときは、「すいませんが、ちょっとどいていただけますか」と頼むのだ。
欲しい物を買って満足するから人生がある。でもヤバイ買い物も、後ろめたい買い物も、女房殿に秘密の買い物もない。
こんな“いい子”になっちゃって、いいのか?俺!  


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