第208回 『恐竜なら大丈夫なのか?』


もうこれで三年ほど、俺は映画館で映画を見ていない。小学五年の時に、「タダで映画を見る秘術」を完成した俺なのに、だ。
飯倉片町の港区立麻布小学校と、私立麻布学園中学校で俺と同期だった男は、みんなこの秘術を伝授されている。  
普通の奴が考えるのは、映画が終わって観客がゾロゾロ出て来る時、モギリの女の子の反対側からコッソリ入ろうとする手だ。こんなのは、無知な素人のすることだ。  
モギリの女の子の逆サイドには、必ず用心棒か支配人がいて、「またのお越しをお待ちしております」なんて、誰も聞いていない挨拶をモゴモゴ呟きながら見張っている。タダで潜り込もうとした悪ガキは、こいつに襟首を掴まれるのだ。  
昭和40年までは何処の小さな映画館にも、必ず用心棒がいた。俺の記憶では、用心棒がいなかった小屋はテケツが30円の、新宿にあった武蔵野名画座だけだ。  
俺が洋画二本立て75円だった、矢張り新宿の新星館の副用心棒を務めていたのは、19歳の頃だった。
「小屋」というのは映画館のことで、「テケツ」というのはティケット、切符のことだ。  
ああ面倒臭い。昔はこういう言い方をしたんだ。そのころ流行っていたダンス・パーティのティケットのことは、「ダンパのテケツ」と言った。俺なんか何百枚、友達に買わせたことか…。  
俺の秘術も、映画が終わって観客がゾロゾロ表に出て来るところまではド素人と同じだが、それからがトカゲと恐竜ほども違う。
俺は小屋に背を向けて、出て来る客の群れを待ち構えている。そして流れを背中で割って後ろ向きにジリッジリッと中に入る。  
モギリの女の子や副支配人が、「おや?」みたいな気配を見せれば、流れに乗って自然に外へ出て行き無理はしない。どうだ、プロの技は凄いだろう。これは秘術のほんの一部だ。集団で入る術もあるんだが、もう誰にも教えず墓場まで持って行こう。  

子供の頃からそんなに映画が好きだった俺が、なぜ映画館に行かなくなったのか。女房殿が連れていってくれなくなったからだ。
面白い映画にも、必ず退屈な所や間延びしたシーンがある。俺がエディターだったら、もっと短くするか切りたくなる。こんなことはもちろん個人的な感想で、人それぞれ感じ方は違うのだが、そんな時、俺は眠ってしまうんだ。  
三年ほど前には座って五分後にはもう寝ていたらしい。鼾をかくこともあるというから、女房殿は周りの方に迷惑だし、自分も気になって映画に集中出来ないから、もうイヤだという。だから結局DVDかCS放送のオンデマンドで、家のソファーに寝っ転がって見ることになる。  
俺はオリバー・ストーンの映画で、寝た覚えはない。古くはジョン・フォードの「駅馬車」でも、マイケル・カーティスの「カサブランカ」でも、何度見ても寝たことなんかあるもんか。詰まらないシーンがあるから、爺ぃの俺は寝ちゃうんだ。(キリッ)  

それでも女房殿も俺もエンターテイメントが好きだから、時たま劇場やイベントホールに足を運ぶ。外国に行くたびに「シルク・ド・ソレイユ」を見に行くし、ブロードウェイのミュージカルが来日した時などだ。  
今回女房殿は横浜アリーナでやっていた「ウォーキング・ウィズ・ダイナソウ」と言うショーに連れていってくれた。10500円もする前から2列目のいい席だった。  
英国BBC制作の「バーチャル・ドキュメンタリー」を元に、オーストラリアのクリエーターたちが恐竜ライブアリーナショーにしたんだ。目の前を、高さ12メートルもある実物大のコンピューター制御の恐竜が、ノッシノッシと歩き回る。  
古生物学者に扮した俳優が、恐竜の生きた二億五千万年前から、三畳紀・ジュラ紀・白亜紀と、地球の環境の変化と恐竜たちの生態を分かり易く解説する。  
大音量のスピーカーから恐竜の叫び声が場内に響き渉る。肉食恐竜ティラノサウルスが俺に向かって鋭い歯を見せて咆哮する。草食の首長恐竜・ブラキオサウルスが俺の目の前に長い首を伸ばす。  
子供連れで見られるショーだから、1時間半くらいだ。子供が注意力を持続できる限界を制作者はよく知っている。ひょっとすると老人の集中力の限界もよく知っていたのかも知れない。
恐竜に踏み潰されず、喰われないのが精一杯で、確かに俺も眠るどころではなかった。


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