第197回 『白川日銀総裁と自民党代議士の顔』


さんざん危ないことばかりやって来た俺が、なぜ七十五歳九ヶ月まで生きて来られたのか。
喧嘩が特に強かったからでも、頭がすごく良かったからでも、口径の巨きな拳銃を持っていたからでもない。  
俺は他人の顔と立ち居振る舞いを睨んで、危険を避ける術を持っていたからだ。この術はとてもよく当たる。男の場合は若い頃から、百発九十八中だった。  
女の方は綺麗だったり姿が良かったりすると、若い頃はスケベ心に目が眩んでしばしば見間違えることがあったのだが、最近は哀しくなるほど枯れたので、目が冴えてこれも良く当たる。  
俺は他人の知力・善悪・程度の善し悪し、それに財力と自分に対しての厚意と害意を、ほぼ正確に見抜く。  
この能力があるから、銀行はおろか信用組合でも金を貸してくれなかった作家になる以前も、俺は盛大に仕事が出来たし、飢えて死ぬこともなかった。  
男も女も顔と所作に全てが現れる。ゲスな奴はいい衣装を着ても、所作にお里が出てしまう。俺の睨んだところでは、和服は「なんでも鑑定団」の中島誠之助さんが日本一だ。今、財務大臣をやっている麻生太郎は素晴らしく仕立てのいい洋服を着ているが、声と喋りに品がない。  
片山さつきも谷亮子も和服を着ると、オサンの藪入りより非道いので、西陣の旦那は頭を抱えている。「オサンのヤブイリ」に関しては俺は説明を付けない。若い読者は年寄りに訊いてくれ。  

悪い奴がいくらニコニコ作り笑いをしても、俺はダメだ。以前俺はレオナルド熊という芸人を見て仰天した。こんな悪相は刑務所だってそう何人もいない。どうしてこの顔で「お笑い」が出来るのだろう。誰が笑うのだろうと俺は思った。  
刑務所というところは、別の名を「寄せ場」と言って、その名の通り様々な顔相の人間が寄せ集まっている。日のあたる場所でまっとうな人生を過ごしている人たちは、一生見ることもないような顔・顔・顔がひしめいている。  
こんなに穏やかで優しそうな顔の人がどうして…というケースもあるが、俺でも会った途端に身構えたり、目をそらすようなヤバイご面相の者もいるのだ。  
最近の若い芸人には少年院面が珍しくない。なぜみんな笑えるのか、俺は不思議で仕方がない。老いも若きもオバカテレビを見て笑っている奴は、平和ボケかどこか危機感が欠落しているんじゃないかとつくづく思う。  
白川という安倍晋三に脅かされて、辞職した日銀の総裁は、胃腸薬の広告の使用前にピタリの顔をしている。あんな顔でも、大変な出世レースを勝ち抜いて総裁になったんだから、きっと俺には見抜けない異能の人だったのかもしれない。 もし命の取り合いをしていたら、ベロンベロンに舐めていた俺は間違いなく殺られていた。  
石破茂と山本一太のそばには、俺はヤバ過ぎるから近づかない。  
しかし今、老い耄れた俺は平和ボケした日本人も、まだボケていない人たちもみんな恐ろしくて、家からたった七百メートルの呑み屋にも行けず、ウニの頭を撫でている。  
顔と所作で分かっても、背筋が寒くなる恐怖はどう仕様もない。


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