第196回 『カスバのペルノー』


1月16日、アルジェリアの天然ガス関連施設がゲリラに襲われて、ここ数日大変な騒ぎになっている。日本のプラント会社・日揮の社員やイギリス・アメリカ・フランスその他の技術者も人質になった。俺はオバカテレビが遣う武装勢力なんて言葉は、誰が何と言おうが遣わない。  
情報が錯綜していて何が起きているのか、本当の話は何も分からない。施設を警備していたアルジェリア政府軍が、人質を取って立て籠もったゲリラに、問答無用の攻撃を加えて鎮圧したと、当初ロイター通信が伝えたから、18日に日揮の社長は現地に飛んだらしい。  
日本人に限らず施設で働く外国人はみんな、政府軍が警備しているから安全だと思い込んでいたようだ。  
日揮は旧“日本揮発油(株)”で、石油精製プラントや天然ガス処理の産業技術を世界に輸出している歴史のある会社だ。社長も出世レースを勝ち抜いた人だから、今までに散々修羅場も潜って来たのに違いない。  
ところが鎮圧された筈のゲリラが、まだ施設内に残っていて、フランス政府が「戦闘は継続中」と発表したり、アメリカ政府に対して新たな要求を出したりしたから、日揮の社長は飛行機のファーストクラスで生きた心地もなかっただろう。  
戦争と喧嘩は規模と装備に差があるだけで、本質は同じだと俺は思っている。偉い人や将軍は、まず命を失うことはない。非業の死を遂げるのは、若い将兵か課長までの社員だ。  
殺し合いが終わったと思って現地に飛んで行った社長に、何の関係もないが俺は「ザマーミロ」と思う。  
隣国のマリで内戦が激化して、旧宗主国のフランスが無政府状態となった北部へ武力介入したところで、俺が日揮の社長だったら、現地駐在の社員をパリかせめてアルジェまで引き揚げさせている。  
自公政権も毎年多額の税金を納めている日揮のピンチなのに、若造の外務政務官を現地に送っただけだ。オバカテレビは勿論、新聞社もロンドンやパリで、錯綜する情報を困り顔で伝えるだけだ。  
アルジェに行っても現地には、とても立ち入れないのは分かっている。それでも何かするのがお前さんたちの役目だろう。  

俺は約60年前にアルジェに行ったことがある。マセた少年だった俺はどうしても、“ペペ・ル・モコ(望郷)”の現場カスバが見たくて、マルセイユから小型の客船に乗ってアルジェに着いた。  
三晩いただけだが、羊とクスクスを食べ、ペルノーに似た蒸留酒に氷を入れずに水で割って呑んだのを覚えている。  
俺には北アフリカの音楽はどれもみんな同じに聞こえた。アルジェの人が日本に来ても、演歌はバーブ佐竹でもジェロでもみんな一緒に聞こえるだろう。  
60年も前の記憶で覚えているのは、食べ物と酒のことだけで、他のことはなるべく想い出さないようにしている。女房殿とウニが不機嫌になると、多年の経験で知っているからだ。  
人質になった日揮の社員の御無事を願って、俺は心から御見舞い申し上げる。


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