第194回 『師走に想うこと』


10年前の今頃はガタが来た身体にムチ打って、日本中を飛び回って一所懸命仕事をしていた。
20年前の歳の暮れは、必死にオリックスの借金(年利7.4%)を払っていたっけ。  
30年前のクリスマスは思い出したくない。カタギにはなったものの仕事はなく、仕方がないから、ウィークディは重い仏壇を仏壇屋のトラックで運び、週末は中央競馬の予想屋をしていた。  
俺はもう30年より以前のことは思い出したくない。ゴロツキだった頃のことは、ほとんどみんな原稿に書いてしまった。もう書きたくもないし、懐かしがったり、思い出して溜息をつくほどセンチメンタリストじゃない。 マヤ暦では12月21日だか22日に、この世の終わりが来るんだそうだが、何にでも終わりがあるんだから、みんなで酒でも呑んでいよう。  
ほっといたって、もうちょっとすれば俺だって死んじまうんだ。もしかすると安倍晋三のオナカがまた痛くなって、“征露丸”(安倍晋三が呑むのは“正露丸”じゃない。昔の“征露丸”だ)か、“ワカ末”で下痢を止める前に、俺の寿命が来てしまうかも知れない。  
もうマヤ暦も東京直下型地震も怖れない。自民党と公明党が憲法を変えようが、原発を再起動しようが、俺はヌル燗を呑み続ける。世界中のリーダーが代わっても俺には関係ない。俺だけではなく、年寄りは怖いもの知らずだということを、オナカと頭が悪い安倍晋三と、三白眼の稀代の悪相・石破茂は知らなければいけない。
 
世の中は忙しく動いていても、半隠居の俺は、金の遣り繰りもしないし、法律違反だってしないし、大掃除もしないで、ウニのオデコを撫でながら師走を過ごしている。  
あと10日ほどの日程は、山田詠美さんとの連載対談をやり、年末進行の原稿を書き、来年の仕事の打ち合わせをし、忘年会をあと1件こなす。歯医者と内科の医者に行き、最後に女房殿と二人きりで大きなプライム・リブを食べに行くだけだ。  
それと昼間の山の手線に乗って二回りしてみたい。時間があったら靖国神社の遊就館にも行ってみたい。上野の博物館もだ。競馬か競輪、オートレースでもいい。暮れのギャンブル場にも、ちょっと顔を出してみたい。あれ、結構忙しいな。  
でも年寄りは気楽なんだ。いろいろ頭の中でやることを描いているが、仕事以外はみんなスルーしちまっても、どこからも文句は来ない。少しくらい不義理をしても非難もされない。  
周りが勝手に理由を付けてくれる。「もうボケちまって日にちを忘れたんだろう」とか、「また酔っぱらって転んで怪我でもしたに違いない」とか、「生牡蠣にあたったらしいぞ」とか……。  
女房殿は人混みを出歩くと、インフルエンザやノロウィルスが心配だとうるさく言うから、やっぱり家でウニの髭を引っ張ったり、蒲鉾を分け合いながら酒でも呑もうかな。  
今年もいろんな人が亡くなった。とても親しかった人も、一〜二度お目に掛かっただけの人も、尊敬していた先生も、若い頃一緒に遊んだ奴も逝った。  
でも俺はまだ生きている。それだけだ。
来年、笑って過ごす時間が少しでも増えてくれれば有り難い。  


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