第191回 『海を見に、またまた南の島へ(その2)』


女房殿は自民党も民主党も嫌いだけど、叩けばキンッと金属的な音がする保守の塊か結晶みたいな人だ。  
インターネットはやるけど、AKB48も嵐も知らないし、ホロ酔いの俺が抱き寄せても路チューも拒否する。今まで食べたことのない料理は、どう勧めても滅多には口にしない。
顔に大きなバツを描いて「いくら言ってもレバーなんて、内蔵料理は食べません」と、ほとんど検事のように吠える。  
それでいてフォアグラや焼肉のミノは、二人前も食べるから可笑しい。難しい言葉でいえば整合性が無いというんだろうが、言うと機嫌が悪くなるから何も言わない。
二人と一匹の一家の平和は、ウニの忍耐と俺の配慮で保たれている。この忍耐と配慮にしても、我慢と気遣いと書けば分かり易いのに、日本人は分かり易い言葉を遣う人を、なぜか頭から軽蔑するんだ。難しい言葉を遣う人は偉い人という常識が、日本人の舌と言語中枢に染み込んでいるんだろう。ガマンは極く普通の日本語だが、ニンタイは学校や役所の言葉だ。  
だからテレビでインタビューされたオジサンもオバサンも、「怒りを感じます」みたいな変な日本語を喋る。「腹が立つ」と言えばいいじゃないか。  

そんなことはさておき、ウニを動物病院に預けた俺たちは、これが肝腎なことだが成田ではなく羽田へ行って、バリ島行きのガルーダに乗った。 初めて乗ったガルーダは、品が良くて親切なスチュワデスも含めて、全て快適で文句のつけようがない。  
しかしバリ島の飛行場に降りて、改装工事中の埃っぽい空港構内を迎えの車まで歩く間に、俺の顔は久し振りに固くなる。行き交う人が、まるでマニラのように、油断のない険しい顔をしているからだ。これからの一週間を想って、これが空港だけであってくれと俺は願った。  
どこの国でも空港は、いかがわしくて柄が悪いと決まっている。世界中で日本ほど気を許せる飛行場はどこにもない。
今回、旅行会社は俺たち二人に現地ガイドを付けてくれた。苗字か名前か聞き漏らしたが、タマという中年男だ。俺は勝手に「タマちゃん」と呼ぶことに決める。陽気で性格のいいヒンズー教徒だ。  
50年前の刷り込みだが、インドネシア人は驚くほど外国語が上手い。タマちゃんは日本には行ったことがないと言う。バリ島の日本語学校でインドネシア人の先生に教わったというのだが、ちゃんと分かる日本語を喋ってくれる。  
何年かかって月謝がいくらだったか知らないが、イントネーションが微妙でNHKのアナウンサーでも最近はまともに喋れない日本語を、かなり正確に覚えたタマちゃんに俺は感心した。敬語だって、おぼつかないけどタマちゃんはちゃんと喋る。
舗装が剥げた田舎道を、俺たちとタマちゃんを乗せた車は勢いよく突っ走る。周囲を走り回るミニバイクは、三台に一台はお母さんが赤ん坊を、オンブじゃなく胸に抱えて運転している。車の運転手もバイク連中も、上手いから擦りもしない。交通巡査も暇そうにしている。  
空港から二十分ほどでインターコンチネンタル・ホテルに着く。目の前に海が広がるリゾートホテルだ。広々とした部屋で、俺は冷蔵庫のビンタンビールを開けてベランダに出る。ビンタンビールとハイネケンしか、冷蔵庫に入っていなかったんだから仕方がない。サッポロやキリンのセールスマンは怠けている。サントリーとアサヒの営業部には、地球儀も世界地図もないのか?  
仕方なく久し振りに呑んだビンタンビールは、半世紀もの間に見事に変わっていた。ヱビスかプレミアムモルツだと言ったって、猿の干物コシイシにもむくんだ便秘面のノダにも、分かりはしない。田舎モンに分かるもんか。  

翌日の夕方、俺たちは「ジェゴグ」を見に行った。いや、聞きに行った。四十人ほどの民族衣装を着た若者が、太い竹を切って作った木琴のような竹製マリンバを、ある時は風にそよぐ竹林のように、またある時は火薬を一杯に詰めた爆竹が破裂したように打ち鳴らす。  
八本並んでいる竹筒だがオクターブは出ない。左から数えて一本目から四本目までは、だんだん音が高くなるのだが、五本目からは初めの音に戻る。つまり四音階だ。しかし、この四音階がタダモノではない。よくまぁ竹の筒を叩いてこんな大音響が出るものだ。  
演奏の最後に年輩のバンドマスターが、客をステージに上げてジェゴグの竹筒と銅鑼を叩かせてくれた。俺以外はみんな、女房殿も珍しくステージに上がって、楽しそうに竹筒を鳴らしてみせる。俺はカメラでそれを撮っていたのだが、近づいて三枚パチパチやった途端に、女房殿のハンドバッグが誰もいない席の椅子の下にあることを思い出す。  
ホテルの金庫にはまだ預けていないから、俺たちの全財産とパスポートが入っている。あれがもし無くなったら、俺たちはバリ島から帰れない。  
20年ほど前にホノルルで、女房殿はパスポートの入ったハンドバッグを引ったくりに盗られたことがあった。6ドル99セントで食べ放題のプライムリブを食べて、店を出た途端に少年に引ったくられた。俺のパスポートも一緒だったから、予定通り帰れないと東京のスケジュールに穴があく。
亡くなった新井將敬衆院議員に無理を言って頼んだら、普通なら五日かかるところを次の日には再交付してくれたから、俺たちは無事に東京に戻れた。
女房殿は楽しげに竹筒を叩いていたが、俺は猛スピードで席に戻った。ヒンズー教には火の神・水の神、風の神といろいろ神様がおいでになる。ハンドバッグの神様もジェゴグがお好きで、会場にいらっしゃっていたのに違いない。バッグを俺の腹の上にしっかり抱えた。  
ほとんど予定を入れず、一週間ゆっくりと過ごした。バリ島はヒンズー教の神様がお創りになった、美しい島だった。  


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