第189回 『物欲ゼロ』


後期高齢者になったことを、俺は過剰に意識しているのかも知れない。
自分のコンプレックスは、自転車に乗れないこと、大学を出ていないこと、他にもいくつもあるが、平気な顔で気にする素振りも見せず、表通りも裏通りも駆け抜けてきた。  
しかし最近自分に物欲がほとんど無くなったことに気が付いて、間もなく寿命が尽きるのではと、仕事部屋の片付けをモソモソ始めたりする。 つくづく老いたと思う。 若い頃の俺は人間離れした、ほとんどゴリラみたいな物欲の塊か権化のような生きものだった。  
ティーンエイジャーだった60年も前、三田の赤尾洋服店で初めてスーツを誂えた時の心の弾みを、俺は鮮明に覚えている。  
胸をときめかせたものの十代では遂に買えず、ハタチを過ぎて漸く手に入れたバイク“陸王”は、老い耄れた今ではおそらくキックスタートで始動させることも、足首が痛くてダメだろう。  
追い掛けられる相手が、少年課から捜査○暴に代わった頃、いい女に誘われて京都の三千院へ紅葉を見に行った。「来て」と言われれば、ポルトガルでもすぐ飛んで行った。  
今だったら剛力彩芽や滝川クリステルに誘われても、「アキレス腱周囲炎でダメなんだ」なんて、痛む足首の所為にして断るに決まっている。 
前科のある筋者なのに、俺はちゃんと試験を受けて日本航空に潜り込んで、丸4年間世界の空を飛んだ。信じられないことだが、俺は履歴書の賞罰欄に“ナシ”と嘘を書いただけだ。見抜けなかった人事課が悪い。  
三十代で俺は女に、6.96カラットのダイヤモンドを買ってあげた。  
わざわざドイツのシュトゥットガルドまで行ってメルセデスを買い、右ハンドルで内装は白の表革、外は世界でたった一台のゴールドメタリックに塗らせた。塗料がなくて、純正の塗料を創るのに随分時間がかかったのを覚えている。  
バカなことをやったと思うのは、俺が老い耄れたからで、その頃は“見られてナンボ”の男を売る稼業の若いモンだ。欲しいものを手に入れるためには何でもやった。  

40代は塀の中で見栄も外聞もなく、ただ仮釈放をもらって自由になりたかった。勇気も博才も大したことのなかった俺が、博奕打ちなんかしていたのがそもそものマチガイだ。  
足を洗った俺は仕事がないから、仕方なく競馬の予想屋になり暇な日は仏壇を運んだ。高い仏壇ほど重いから、俺はその頃スリムだった。才能がなくても人の三倍働けば、不自由なく暮らせると知っている。  
そして予想屋と仏壇運びをしながら、売れるあてもない小説を、整理箪笥の抽出に二杯も書いた。  
50代になって作家になってからも、それなりにいろんな欲望を満たしてきた。(カタギになったのだから、いろいろと制約はあったが…)  
新たな借金をこしらえても、バッシングされても、それをはね返すパワーも闘志もあった。  
すき焼きだと300グラムが精一杯だが、ローストビーフだったら2キロは美味しく食べた。選り好みをしないで仕事をいつでも人の三倍はして儲けたから、かつては七百坪の敷地の家にも住んだし、旨いものを食べて百キロ近いデブにもなった。  
今となっては自分でもとても本当の話だとは思えない。みんなフィクションだったのではないか…なんて思ったりする。  
今はもう何も欲しいものが見当たらない。俺じゃないみたいだ。ただひたすら海が見たい。泳ぎたくもヨットを走らせたくもない。ただ海を見詰めていたいのだ。
旨い飯と好みの酒がそこにあれば他に何もいらない。 
 


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