第181回 『ローリーズ』


ジェフ&カオル夫妻と赤坂・溜池の「ローリーズ」に、ローストビーフを食べに行った。翌朝おそるおそる体重計に載ったら、ちょうど1キロ太っていて92.4キロになっていた。ヤバイ。
ここ20年、俺は毎朝起きるとすぐトイレに行って、それから季節にかかわらず真裸(素っ裸と書くより品がいいだろ)になって体重を計る。  
俺の20年来の主治医・日本医大病院副院長で老人内科の大庭先生は、「相撲取りはたいてい還暦くらいで亡くなってしまう人がほとんどだから、あなたは多分、日本で一番体重の重い後期高齢者です」と、いかにも小宮山厚労大臣が、金杯でもくれそうなことを仰る。  
俺はあのニコニコ面の禁煙婆さんが大嫌いだから、金杯なんかくれるったって貰うもんか。それでも100キロは超さないように、俺はいろいろ神経を遣っている。100キロを超すと105キロまでは、一瀉千里でアッという間なんだ。  
105キロになると、歩く時にズボンの内股が擦れて、ジーンズでもすぐ破れてしまう。だから大関も横綱もズボンは穿かないだろう。俺のことを、嘘つきだから作家になったと思っている輩が多いが、この“大関と横綱がズボンを穿かない理由は、ズボンが内股から破れるからだ”という科学的で説得力のある説を聞いて、そんな人たちは自分を羞じるだろう。  
ちょっと余談になるが、昭和40年頃までは相撲取りと役者、それにゴロツキは、身体を売るのも仕事のうちだった。ソープ嬢が口直しにホストクラブに行くように、芸者衆は嫌な旦那に抱かれた翌日、相撲か役者、そうでもなければゴロツキで口直しをした。  
昼間、三業地の汁粉屋や純喫茶(←こういうのもほとんど無くなった)に行くと、普段着の芸者衆が「今日はスナチンにしようかシロチンにしようか、それともキズチンかな?」なんて、小声で相談していたものだ。スナチンは力士と言えば、あとは書かなくても分かるだろう。  

ローリーズに話を戻そう。夫妻とバーで待ち合わせて、俺はI.W.ハーパーのソーダ割りを一杯だけ呑む。  
二杯目を頼もうとしたら、女房殿がテ−ブルで呑めと言ったからそうする。俺は20年前から、何でも女房殿の言った通りで逆らわない。  
テーブルに付いて、女房殿とジェフは薄切りのイングリッシュ・カット、カオルちゃんは250グラムほどのカリフォルニア・カット。俺はこの店定番のローリーズ・カットを頼む。定番と言っても500グラム近くあるから、日本人の女の方では持て余してしまう大きさだ。  
サラダと小さなパン、それにかなりなボリュームのマッシュポテトとアメリカ風のヨークシャープディングが付く。  
先ずサラダ用に冷やしたフォークを、可愛いウェイトレスが持って来る。そしてワゴンの上で、氷で冷やしたボウルに入ったサラダをウェイトレスが上手にあえて、スペインの職人がシェリー酒を注ぐように、腕を高く伸ばしてドレッシングを振り掛けてから、銘々の皿に取り分けてくれる。  
ジェフはビール、他の三人は赤ワイン(カオルちゃんのリクエストで一番ボディーの重いもの)をグラスで頼む。どうせ女房殿は口を付けるだけだから、俺が二杯呑むことになる。  
俺はローストビーフに限って、薄切りのイギリス風より、“プライム・リブ”と称するアメリカ風のボリュームのあるのが好きだ。大味なアメリカンビーフは、ステーキよりローストビーフの方が断然、俺には旨い。  
ミディアムレアのローリーズ・カットは、小さな二切れをジェフに分けてあげたが、それでも充分な量で、俺はそれにバタードスピナッチをサイドオーダーで頼んだから、大きな皿はこぼれんばかりの押し合いヘシ合いになった。  
英語と日本語がチャンポンになってテーブルの上を飛び交う。俺は焦って喋ろうとすると気管に食べ物が入って咽せるから、気を付けながら食べた。  
ああ、幸せだ。美味しい。カオルちゃんはデザートは頼まずに、亭主のジェフのチェリーパイ・アラモードをちょっとカスリを取って、ディジェスティブにカルバドスを頼む。  
俺はホットファッジ・サンデーとクアントロを頼んだ。女房殿はコーヒーだけで満腹らしい。美味しくて楽しくて、素晴らしいアメリカン・ディナーだった。それにしても一番年長の俺が一番大きい肉を食べるのだから、頑丈な胃袋を俺に与えてくれたオフクロに感謝をしなければバチが当たる。  

タクシーに乗るやいなや、女房殿は「ウニが待っているわよ」と、俺が何か言う前にハシゴ酒に予防線を張った。


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