第179回 『南の島の想い出』


誰も訊いてくれないから、俺は仕方なく自分で宮古島に行くわけを、「田中直紀じゃ心もとないから、自衛隊のPAC3を手伝いに行く。
ウン、頼まれた日当仕事じゃない。今風に言えばボランティアさ」なんて言う。  
玄関のインターフォンを鳴らすのは、白洋舎でなければ宅配便か宗教の勧誘くらいで、口を利くのはウニと女房殿だけ、たまに掛かって来る電話は間違い電話という暮らしだから、得意の法螺噺をするのも容易なことではない。  
後期高齢者寸前の俺にとって、自宅から羽田へ行き沖縄経由で宮古島まで、空身ではなくキャリーバッグを挽いて、その上ノートパソコン(古いタイプのだから大きくて重い)も運ぶというのは結構大変なことなのだ。  
お世辞の巧い綺麗なお嬢さんに、“素敵なお年寄り”と言われる為には、トボトボ歩いてなんかいられない。事務所の女ボス(←女房殿のコト)と一緒だった俺は片手でカートを挽き、空いた方の手を繋いで、羽田空港の中を颯爽と(…のつもり)歩き回った。  
修学旅行の女学生の横を通ると、「あッ、女の人と手を繋いでいる初老の男、小栗旬のお父さんよ、きっと」なんて声が聞こえて来る。オバさんや婆様は目が遠いので、極くたまにしかそんなことはないのだが、女学生だとしょっちゅうで俺は慣れている。  
小栗旬だけではなく、俺はチャン・グンソクとかいう韓国人ともクリソらしい。40年前には東京ではなく花のパリで、リノ・バンチュラと間違われたこともある。生き証人は死んでしまったけど、嘘でも法螺でも冗談でもない。  
沖縄に初めて行ったのは、昭和36年に日本航空に潜り込んだ時で、シップ(乗組は飛行機のことを、シップと言うんだ。だからニセモノはすぐバレる)は懐かしの、ダグラス6Bというプロペラ機だった。  
なぜウチでは沖縄便に限って、ANAではなく俺が不名誉退社に追い込まれたJALを使うのか?簡単な話だ。ちょっと広くて楽なシートが、JALではプラス千円でANAより三千円も安いからだ。ウチの女ボスは怖いけど、こういう所がしっかりしている。  
だから俺が背負い込んだ天文学的な負債が、僅か20年足らずで返済出来たのだ。7.4%という目の玉が飛び出るほどの金利を取り続けたオリックスは、メダルか金杯ぐらい寄越せ!  
JALのジェット機は南西に向かって順調に飛ぶ。 女ボスは窓から見えて来た沖縄の島々を、ウットリ見詰めていたので、俺は安心して想い出噺に浸れる。  

今から半世紀も前、昭和36年当時の沖縄は、まだアメリカ軍の占領下で、乗客は勿論、俺たちクルーもパスポートが必要だった。那覇のターミナルビルに、5セントのスロットマシーンが置いてあったのを覚えている。  
那覇空港に到着すると、驚いたことにラウンジには少年院にブチ込まれるまで俺の愛人だったチコがいた。銀座の「金馬車」でサンバを踊らせるとピカイチで、だからチコチコのチコと呼ばれていたケバイ女はサッと顔色を変えると、駐車場に停めてあったムスタングの中に、ピカピカの24歳だった俺を引っ張り込んだ。  
保土ヶ谷の少年鑑別所に面会に来て以来だから、7年振りのレユニオンということになる。  
「そんな乗組員の制服なんか着ちゃって、何やって沖縄まで逃げて来たの?」と、硬い顔でチコが言ったのは、また何かヤバいことをやらかした俺が、変装して逃げていると思ったのだ。  
「バカヤロ。俺は本物のJALの乗組だ。お前さんこそ、なんで那覇でこんな車に乗ってるんだ」  
チコは俺が少年院に入れられると、その後アメリカ軍の将校と正式に結婚したのだと言う。  
こんな奇遇に、“不良少年とスケベ娘の神様は確かにお出でになる”と、その時俺たちは思った。そしてそれから俺は沖縄便を志願して通い詰めたから、小さな島で派手で目立ち過ぎる二人のことは、亭主の将校に筒抜けになる。  
ロケット(ミサイルという言葉は、その頃まだ一般的ではなかった)部隊の司令官だったチコの亭主は、昔気質の素晴らしい軍人だった。でなければ俺はとっくに粉砕されて爆死している。  
当時沖縄便の旅客機は乗客名簿と積載貨物目録、それに乗組名簿を羽田からテレックスで送って、アメリカ軍のOKを貰ってから離陸したものだ。  
なにしろ那覇のタクシーの初乗りが17セントだった頃の昔噺だ。パッセンジャー・マニフェストにカーゴ・マニフェスト、クルーリストと、当時の専門用語がスラスラ出て来るんだから、俺はまだボケてなんかいない。  
ある日、日本航空松尾社長のところへ一通の封書が届く。「羽田から送られて来た貴社の乗員名簿に、N・ABEの名を見る時、私は私情を押さえ兼ねる」と英文で書かれていたので、本社はたちまち蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。  
今回の金正恩の人工衛星どころの騒ぎではない。俺は幸いにも謹慎で済んで、二度と沖縄便に乗務することはなかった。  

那覇に無事着陸すると、女ボスは「宮古島まではあと40分飛ぶのよ、頑張って…」なんて、ボーとしていた俺を励ました。  
「チコの奴、もしかすると今度は宮古島にいるかも知れない」と俺が心配しているなんて、ウチのボスは気がついているわけがない。


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