第172回 『全国指名手配』


オウム真理教の平田信が全国指名手配されてから十七年目、大晦日の深夜、ひとりで警視庁に出頭した。
団塊の世代の腕っこきの刑事たちが揃って定年で辞めたから、自ら出頭か自首して来ない限り犯人は滅多に捕まらない。ヤクザ者や犯罪者には定年や退職金がないから、追う者と追われる者の技量と経験の差はどんどん拡大する。 
今の警察には、台湾人の女の留学生を二人刺殺した男ぐらいしか逮捕出来ない。そして間の抜けたことに、その犯人にはまんまと自殺されてしまう。それでも刑事たちは、自分が刺されなくて良かったと、管内の居酒屋かキャバレーの隅でおそらくホッとしているのに違いない。  
時効になってからノコノコ出て来た平田信は、見ての通りの悪相で、おまけに背が183センチもある大男だから、身を隠すのには条件が悪い。  
オバカテレビによく出て来るミヤネみたいな、小柄でどこにでもいそうな顔なら人目に付かないが、平田信は容貌も怪異で他の男より頭ひとつ大きいから、どこにいても目立ってすぐチクられる。俺たちが住んでいる国は、“一億総チクリニッポン”なんだ。  

普通なら一年としないうちに敢えなく御用になる。俺は四十年前の世界一だった刑事たちを相手に、何度も全国指名手配を喰らって、逃げに逃げた経験がある。  
こればっかりはなってみないと分からないだろうが、全国指名手配は辛いぞ。電車に乗っても映画館に入っても、定食屋でメシを喰っていても、辺りの人がみんな私服刑事に見える。キャバレーの黒服も居酒屋の人相の悪い客も、追手の刑事に見えるんだから酒なんか呑んでも美味くない。  
全国指名手配を喰らうと、隠れ家の布団の中でウツラウツラしていても、往来を歩いて来た二人連れの足音でパッと目を覚ます。そして足音が玄関の前でフッと止まると、次の瞬間には跳ね起きて、俺は片足をズボンに突っ込んでいた。刑事は必ず二人連れなので、単独の足音はあまり気にしなくていいんだ。  
一度俺を逮捕した刑事に、「どこに身を潜めたら一番人目につかないだろう。刑事さんが俺だったら一体どこに隠れる?」と訊いたことがあった。その時刑事が「都会の雑踏でも、四国の山ん中でも、北海道の温泉でも駄目だ。身体の大きさとか声とか関係なく、お前はとにかく目立つんだ」と言われたのを思い出した。  
だから俺は平田信のように長くは全国指名手配をかい潜れなかった。  
あの防犯カメラの鮮明さにも驚かされた。あんなのが駅にも港にもビルにも店にも街の交差点にも、至る所に取り付けられていたら、俺みたいな性格の男はもう逃げるのを諦める。  

平田信が一億総チクリの日本の都会で、なぜ十七年も捕まらずに逃げられたのか。それは女の力だ。  
蓮舫ちゃんの力でも小宮山ニコニコ婆ぁでもない。平田信を助けて一緒に逃げてくれた四十九歳のとても綺麗な女のお陰だ。  
ライトを正面から当ててバシャッと撮られる警察の写真で、あれだけ綺麗に写る女は滅多にいない。良く調べれば黒木メイサのマタ従兄弟かもしれない。  
昔ある作家が、「振り向いてもくれない上戸彩より、惚れてくれた泉ピン子」と言ったのを俺は思い出した。しかし、そんなことは真理なんかであるものか。綺麗な女に惚れられるのが、一番いいんだ。斎藤明美という平田の女は、飛び切りいい女だ。  
そんないい女がいなかった俺は、だから指名手配を喰らうと外国に高飛びした。このホームページの「手配写真??」の第5回や第17回に載っているのがその頃の俺だ。  
今思い返すと、“全国指名手配”とか“高飛び”とか、ウソかマボロシか小説の世界みたいだ。シラジラしいと思うかも知れないが、本当にそう思う。  



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