第163回 『ただひたすら読み耽った』

この歳になると自分のパワーや根気、ちょっと哀しいが能力もスケールも分かって来る。
だからいい女に誘いの隙を見せられても、若かった頃みたいにすぐ応じたりはしない。しないのではなく出来ないのだ。思い切り助平の限りは尽くしたいのだが、いろいろ障害があるし、それを処理出来そうには思えないからだ。  
若い頃はこんなにイジけてはいなかった。無理目をこじ開けるのが男の役目だと思っていたし、トラブルなんて日常茶飯のことだったので、そんなこと気にしていたら何も出来ない。つくづく老い耄れるのは哀しいことだ。  
そんな俺を見て、行儀が良くなったなんて思う奴は女に誘いの隙を見せられたことがないイモか、鈍感で気がつかない朴念仁だ。  

俺は今年の夏は海にも山にも行かなかった。バーにもお気に入りの“べたなぎ”にも行かない。仕事以外は女房殿の買い物について行ったり、かかりつけの医者に行ったくらいで、ずっと寝室で本を読んで過ごした。  
歳をとっても出来る楽しみは、たった三つ、旨いものを喰うことと本を読み映画を見ることだ。  
俺は二週間かけて、司馬遼太郎の「坂の上の雲」の文庫全八巻を、斜め読みではなく丹念に読み切った。  
父の形見分けで貰った単行本が六冊、ちゃんと本棚にあるのだが、重いし二段組みの活字は小さいので、横になって手で支えて読むのには適さない。俺は最初から居間や仕事部屋ではなく、寝室で読むと決めていたのだ。
駅前の本屋で八巻平積みになっていたのだが、俺は一巻と二巻だけ買って帰った。こういう所がイジけた爺ぃのやることだ。若い頃なら読もうと決めた本は、八巻でも十巻でもいっぺんに買う。  
一気に読み切る根気が、果たしてまだ自分に残っているか不安だったのだ。不惑と言われる歳に刑務所で、別れた女房が差し入れてくれたパール・バックの「大地」を、俺は根気が続かず一巻の半分で抛り出した。人には言えなかった苦い経験だ。  

昭和五十年ころ確かに読んだ覚えがある「坂の上の雲」だが、正直に言って全巻読み切れるか不安だったし、慎重で堅実な俺はお金は無駄にしたくない。  
しかし三日で二巻読み終わって、猛暑の中を駅前の本屋まで行って残りを全部買った。早く続きを読みたくて仕方なかったのだ。そして約二週間、日に二回メシを喰いに下りて来る以外は、三階の寝室に籠もって夢中になって読んだ。  
山本権兵衛が東郷平八郎を連合艦隊司令長官に抜擢したわけを明治天皇に訊かれて、「運がいい男ですから…」と答えたところで、俺はなんとも言えず満足する。そうなのだ。運は金では買えない、努力でもない、生まれついてのものなのだ。  
明治を生きた日本人の素晴らしさを、司馬遼太郎は丹念に描いてくれる。この大小説を日本海海戦で了えたのが、俺には残念でならない。十年がかりでここまで書いて司馬遼太郎は、昭和四十五年当時の日本人のあまりの劣化に嫌になってしまったのではないか?  

ナポレオンもヒットラーも、同じ戦法でロシアにやられた。ロシア軍は退却を続けて相手の補給線をこれでもかと延ばさせて、じっと冬を待つ。日露戦争もこの手口だった。  
奉天の会戦で勝ち、日本海海戦で完勝して、新聞に煽られた国民は熱狂したが、日本の国力は限界に達していた。ロシアは、「さあ、お楽しみはこれからだ」と手ぐすねを引いている。  
ここでアメリカが間に入って、ポーツマスの平和会談になった。その時、特命全権大使になったのは小村寿太郎だ。持てる外交技術の全てを駆使して、小村寿太郎は日本勝利の形を付けた。しかし新聞に煽られて勘違いをした日本人は、小村寿太郎に罵声を浴びせ、家を焼き討ちする。明治天皇がひと言「小村は良くやった」と言えば治まったものを、何も言わなかった。
司馬遼太郎にはここまで書いて欲しかった。  

八巻読み了えた俺は虚脱していた。明治時代を生きた御先祖たちは本当に凄い。今の日本の政治や外交は比べる気にもならない。


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