第159回 『ビールの不味い夏』

俺は六月二十三日から古舘伊知郎の報道ステーションを見るのをやめた。永年の習慣をやめた理由を説明したいので、俺は二十二日の番組内容をほんの一部だけ再現する。
その日、古舘はスタジオを若い女アナウンサーに任せて、放射能汚染で計画的避難区域と指定されて退去しなければならなくなった福島県の飯舘村を訪れていた。
無人となった村役場で、村長へのインタビューが始まる。そんな場面で、まず俺が驚いたのは村役場の建物の立派なことだ。近代デザインの鉄筋コンクリートで、何となくイメージにある、鄙びた村の役場ではない。
 「これも東電マネーか?」と俺が呟いたら、一緒に見ていた女房殿は、「この村は原発から30キロ以上離れているから、多分違うんじゃない」と言う。
建築屋でも不動産屋でもない俺だが、十億か二十億は掛かっているように思えた。東電が出した金で造ったのではないとしたら、余程豊かな村で税収がどのくらいあるのだろうと、インタビューが始まる前に俺はそんなことが気にかかって仕様がない。
部下を従えず独りでインタビューに応じた村長さんは、実直が顔に顕れているような方だった。お世辞ではない。俺にはそう見えたんだ。お歳は確か六十四歳だったと、これはインタビューの途中で分かる。もし俺が六十四歳で、原発事故のあおりを喰らって、仕事場や自宅を退去しなくてはいけない羽目に遭ったら、とてもこんなに穏やかには振る舞えないと思う。
感情をコントロール出来る真面目な村長さんなのだ。東電や安全・保安院、それにカンカラ内閣への恨み言も怒りも、この村長さんは一言も口にしない。
村役場のロビーは、暗くひっそりとして電話だって鳴らない。約六千人いた村民はバラバラ。役場は最低限必要なものだけ持って福島市内に移転しなければならない。遠くへ移住して辞める部下だっているだろう。それでもヤケになんかならずに、身なりを整えてテレビのインタビューに淡々と応じる。俺は胸が詰まって、呑んでいたビールのコップを置く。
村長さんの着ていたシャツの胸に、黄色の地に銀色の星が二つ付いた、階級章のようなものが付いている。「村長さんの胸に付いているアレは何だろう?星二つは村長で、町長なら三つか?」と俺は呟いたのだが、そもそも女房殿は全く気が付いていない。
わざわざ立ち上がった俺が、テレビを指差して教えたら、「ああ何でしょうね」なんて言う。髪に櫛を入れ、靴を磨いた村長さんがわざわざシャツに付けていたんだから、俺たちが知らないだけできっと大勲位ぐらい誇らしいものに違いないんだが、訊けば十秒で分かることなのに古舘はひと言も触れない。

古舘伊知郎はいろいろ親切ごかしに話を訊いた後で、最後に避難した村民はいつ村に帰って来られるかと、呆れた質問をする。放射能の流出が止まってもいないのに、そんなこと村長に訊いてどうなるんだ。
まずダダ漏れの放射能を止めて、石棺か何か知らないが廃炉の工程が決まって、汚染レベルをキチンと測定した後、人や家畜や作物に影響が出ない環境に改善出来るまで、一体どのくらいかかるのか?
政治家だって科学者だって、今の時点では誰も答えられる訳がない。世界的に経験したことのない事態が進行中なんだぞ。
村だからこんなことが訊けるんだ。東京都や大阪府でも古舘は、石原都知事や橋下府知事に同じことを訊けるか。丁寧語や胡麻擂り謙譲語を使って、人を舐めたことをぬかすんじゃねぇよ。まったく意味のない質問だ。お気の毒な村長さんに伺うのは、イジメかイビリでしかない。
真面目で実直な村長さんは、俺みたいに怒りもせずに、「二年をメドに帰れればいいと思っている」と言った。ニュースは伝える者の価値観次第だとつくづく思う。

枝野官房長官の定例会見や、東電や安全・保安院、原子力安全委員会の会見をこの三ヶ月、いやおうなく長時間見せられて、この国のジャーナリストと自称する連中のだらしなさに改めて絶望した。
国も企業も、都合の悪いことは隠しもするしウソもつく。それを追及して一歩でも真実に近づこうとするのがジャーナリストの役目じゃないか。他に権力を監視する商売の奴はいないんだ。権力と添い寝するのが日本のジャーナリストで、ニュースは広報宣伝番組だ。
お為ごかしに泣かせる話やちょっといい話、現実から目をそらすニュースショーなんて、見ていても時間の無駄だ。価値観がおかしいニュースを見ていると、ビールが不味くなる。女房殿と飼い猫の機嫌も悪くなる。腹が立って寿命だって短くなるんだ。


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