第157回 『同窓会ふたつ』

五月九日と十七日に、俺は同窓会のようなものに出掛けた。“のようなもの”と書いたのは、ふたつ共“○○学校・昭和○年卒同窓会”みたいな正式な会ではないからだ。  
九日は、帝国ホテル近くの居酒屋「鉄平」に、御年七十四歳の爺サマが座敷に四十人も集まった。俺たち昭和三十一年に麻布高校を卒業した同期は、毎月第二月曜日に暇な奴が集まって、四千円会費でワイワイやることに決めている。麻布は中学から高校まで続いている学校なのだが、俺は中学で追い出された。  
もう十五年近くこの会をやっているのだが、ツマミと最後のお蕎麦付きで呑み放題の会費がずっと変わらないのは、同級生の店のオーナー細谷君の奥様の心遣いのお陰だ。みんなとても感謝している。  
俺の仲間は本当によく喋り、よく喰らい、よく呑むんだ。ところでテレビドラマに出て来る年寄りの役者はみんな、なぜあんな情け無い声でボソボソ喋るんだろう。俺の仲間の爺さん連中で、あんな潮垂れた情け無い声を出す奴は一人もいない。みんな大きな声を張り上げて、「民主党はみんなダメだ。鳩山由紀夫はバカで菅直人はクソだ」なんて叫ぶ。貸し切りじゃないから、さぞ他のお客に迷惑だろう。  
仕事も少なくなって半隠居状態の俺だが、毎月この会に顔を出すわけではない。せいぜい年に二度か三度だ。先ごろ亡くなった古舘君は連続九十回出席という偉業を成し遂げて、御褒美に会費が一回タダになった。  
四月は余震も多かったので、十人ぐらいしか集まらなかったらしいが、五月は大盛会だった。酒の呑み方から見てみんな人ではなくて、きっとクジラに違いない。クジラは津波や地震に弱くて集団で浜に打ち上げられたりする。五月に四十頭も集まったのはきっと、仲間の無事を確かめたかったからだ。爺いたちは会える時に会っておかないと、いつ何がおこるか分からないと、身を以て知っている。  
二次会は五人で近くのビアホールで、黒ビールを一番巨きなジョッキで三杯づつ呑む。五人共ただのクジラではなくシロナガスクジラだ。話は六十年前のイタズラの話から女の話、政治の話と、アッチコッチに飛んでテンデンバラバラに喋る。  

十七日、ホテルオークラ近くの小料理屋に集まったのは、俺が最年少の“目黒会”だ。七十四にもなると、どんな集まりでも最年少ということは滅多にない。“目黒会”は昭和二十八年ごろ下目黒の俺の家に集まっていた、五つ年上の兄の友人たちの会で、年に五〜六回集合がかかる。  
去年、ひとり亡くなられて六人になったが、俺は正直な話、味噌っかすだ。子供の頃の五歳違いは、大人と子供の違いがある。それがそのまま持ち越されて、俺は永久に“目黒会”ではガキ扱いなんだ。  
最年長の羽鳥さんは、府立一中時代に入学して、落第やら停学やらして都立一中を経て日比谷高校まで在学して、中央大学に入り、八年間で二単位しか取れなかったという剛の者だ。これはもう間違いなく大変な歴史上の人物か、伝説の怪人と呼んでいいだろう。  
学校に行ったら同級生が校庭で体操をしていたので、羽鳥さんはステテコになって一緒に手足を上げ下げしていたら、体育実技で二単位くれたそうだ。中央大学に裏表八年いて、貰った単位はそれだけなのだ。怪人物は怪人物のまま、八十四歳になった。  
次は八月十七日、水曜日と決めて散会。週刊誌の締め切り日なので、二次会はパスして俺は真っすぐ家に帰った。玄関に出迎えた飼い猫のウニが、「ヨシ」なんて偉そうに言う。

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