第151回 『ウニが待ってるわよ』

僻むわけじゃないが、対談の相手が山田詠美さんだから、編集長はいつもいい所で旨いものを食べさせてくれる。 最近は出版社も新聞社も潰れないのがやっとだから、取材経費を削っていて、もう一度僻んで見せるけど、俺程度の作家だとビールだってヘベレケになるほどは呑ませてくれない。
二十年前は集英社も講談社も文藝春秋も、日の出の勢いだった俺をファーストクラスでどこへでも行かせてくれた。山田詠美さんは実力派の大御所だから、出版社も張り切った所で旨いものを喰わす。半隠居の俺は言ってみればお相伴だ。

ああ、でもこの一週間はよく呑んだ。女房殿が階段を転ばないように気を遣ってくれる。俺は見るも無惨に老い耄れた。きっと今、中学生と喧嘩してもボコボコにされちまうだろう。  
今週は雪の降る京都へ仕事で行き、日本酒を呑み、東京の詠美さんとの対談ではワインとシャンペンをやり、続けて新潟県の長岡に行った。長岡までは新幹線で二時間足らずで行けるようになったのだから、俺には成田空港に行くより気分的には近い。  
成田空港には旨いものがないが、長岡にはダイエットをタンマしなければいけないほど、旨いものが沢山あった。俺は蕗の薹の天麩羅と寒鰤の刺身で、ぬる燗の〆張り鶴を心ゆくまで味わった。  
旅に出ると、家では「もう止めなさい」なんて言う女房殿も何も言わない。だからちゃんと自主規制して、転ぶまでは呑まないのだから、誰も誉めてくれないけど俺はオトナになった。  
俺は裏日本を愛している。主治医の大庭先生が一緒に来てくだされば、新潟か石川か福井か島根に隠居したい。屋根を尖らせて家の周囲にお湯が噴出する仕掛けを完備すれば、雪降ろしで死ぬことはないだろう。  

一泊の旅だからウニは動物病院には預けずに、家でお留守番だ。アイツは一晩何をしているんだろう。酒を呑むでも読書をするでも、ポルノビデオを見て時間を潰すわけでもない。何をしてやがるのか、そーっと覗いてみたい。  
長岡から帰ったら、たった一晩なのにウニは俺の顔にオデコを擦りつける。実は東京駅で中央線に乗り換えて荻窪で降りた時、女房殿に「とり本で一杯やっていこうかな」と言ったら、「ウニが待ってるわよ」と言われて、俺は頷いて真っ直ぐ家へ帰ったのだ。  
“ウニが待っている”から、俺はこの五年間ハシゴ酒をしなくなった。それどころじゃない。内田有紀ともソニンとも、もし外泊することになったらウニが寂しがるからデートも出来ない。  
毛が抜けるから猫を飼うのは嫌だと反対した女房殿に、医師の俺は「薬が売れなくなるといけないから製薬会社は内緒にしているが、実は猫の毛は更年期障害の特効薬で、だからヒラリー・クリントンも泉ピン子も猫を飼っている」と、教えてあげたのだ。  
五年前に松山から来たウニのお陰で女房殿の更年期障害は軽く済んだし、俺は真っ直ぐ家に帰る、昔おふくろが望んだような“いい子”になった。

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