第148回 『好きと嫌い』

開いた週刊誌のグラビアに、そいつの顔が映っていたりすると、反射的に目をそらすことが俺はしょっちゅうある。嫌いな奴の連載は急いでページをめくって、目を清潔に保つ。
テレビも同じだ。誰にでも好き嫌いがあるのは当たり前だが、俺はほんの少し度が過ぎている。
山道で角を曲がったら、片山さ○きが野糞をしていたのが突然目に飛び込んで来た時の反応と同じだ。目のやり場に困るなんてそんな穏やかで平和な事態ではない。これは暴力なのだ。俺は強制的に自分の目を動かされている。
不愉快で不本意なこんなことが、五分間に百回は起こるから、俺は地上波のテレビは「世界ふしぎ発見」と「なんでも鑑定団」しか見ない。 正月なんて普段のレギュラー番組が休みになるから、地上波のテレビは全く見なかった。だから脳梗塞も心不全も起こさず、餅も喉に詰めずに正月を乗り切った。(ちなみに今年は三ヶ日で五枚餅を喰った。ホントは五十枚でも食べられるのだが女房に止められた。哀しい…)
プロスポーツの実況中継も、アナウンサーや解説者、それにゲストや監督に嫌いな奴が多いから、人気チームが負けると分かっている試合しか俺は見ない。
アマチュアは下手だから、ソフトボールしか見ないと決めている。朝日新聞がやっている高校野球なんか目の汚れだ。髪の毛を坊主刈にしているのは、まるで少年院かお寺の小坊主の野球だ。「清潔でいい」なんて言う爺婆は餅を詰まらせて○○○しまえ。それじゃなにか、アメリカやロシアの少年は不潔だって言うのか。バカヤロ。

しかし、見て喜ぶ人が多いから俺が目を背ける汚物を、テレビや雑誌は写して載せるんだろう。改めて自分が絶滅危惧種だと思い知る。
作家になって四半世紀。俺は他人サマに善く思われようと、務めて柔和な表情を作り、ニコニコして来た。嫌いな奴も目を背ける奴も、滅多には口にせずやり過ごして来たのだが、もう我慢がきかない。だからホームページに限って、好き嫌いを遠慮せずに書くのだ。
ヤワラ、ハンカチ王子、ナベツネと大勲位、菅直人、野田聖子、安倍晋三と鳩山兄弟。まだまだ大勢いてとても書き切れないが、中井ハマグリも忘れちゃいけない。俺のことを「早くクタバリヤガレ」と思っている連中には、お生憎様。今年も憎まれ口を叩きながら生きてくぞ。

大事な人たちのことも書いておく。読者とほんの三〜四人のメル友、それに素敵なブロガーの横山きっこ、綺麗で姿のいいソニンと黒木メイサ。双葉社のN青年とチャーミングなY嬢。ヨレヨレの俺の身体をチェックしてくださる主治医の大庭先生とハリの相馬先生、ウチの連れ合いと飼い猫のウニ。まだまだいるぞ!三寸三分のハイヒールをお履きになる俺とおない歳のヒロコ様。息子と大酒呑みの嫁。
最後に、なぜ栗きんとんを正月しか売らないのかと、今年も書いておく。


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