第144回 『悶絶死寸前!』


非道いバチが当たった。「あ、もう死ぬんだな」と、俺は一瞬思った。ウソじゃない。大袈裟でもない。生き証人が二人もいる。女房殿とウニだ。
十一月四日木曜日の早朝、俺は鮮明で長い悪夢を見て、次の瞬間ベッドから床に転落した。吉祥寺の家で二階から階段を転げ落ちた時と一緒で、猛烈に腰が痛くて両腕の力だけで必死にベッドに戻るのが精一杯で、声もあげられない。
痛みには、覚えのあるのと無いのとがある。
突如として起こった今度の奴は、確かに覚えがある奴だから、痛いけど不気味ではなかった。きっと何かの、誰かのバチに決まっているのだが、思い当たることが多すぎて困る。ただ猛烈に痛いだけだ。声をあげるどころか、身動きも出来ずクシャミをしたら激痛が走って俺は泣いた。
91.5キロの身体が40センチほど落ちたのだから、きっと音が家中に響いたのだろう。女房殿が寝室のドアを開けて、床からベッドに戻ろうとしている俺に、「あなた大丈夫?」なんて九年前の吉祥寺と全く同じことを言う。こんな見るからに大丈夫ではない場面でも、男と違って女は「あなた大丈夫?」と言うのだと、俺は二度の吉祥寺の家での貴重な経験で知っている。
だから「見りゃぁ大丈夫じゃねぇと分かるだろうよ。このヤロウ」なんてことは、俺は決して言わない。七十三歳の俺にたった一人残された、仲間なのだ。見れば一目瞭然ダイ大変な事態だってことが分かるのに、女はこんな時に、「犯人は海上保安庁か?それとも沖縄地検か?」なんて言わずに、「あなた大丈夫?」と必ず決まり文句を言う。
他の女は知らないけど、少なくとも女房殿は必ず言うと、今回も含めて三度の痛い経験で俺は知っているのだが、上戸彩ちゃんも同じなのだろうか? 首輪の鈴がチリンチリンと聞こえたから兄弟分もやって来たと、見なくても分かる。
覚えのある痛みで、老い耄れたことを加算しても、五日くらいで痛みが薄らいで十日もすれば歩けるようになると、俺は知っている。
しかし、知っているといっても九年前の二度の経験で得た知識だから、もちろん不安はある。若い頃と違ってあちこちガタが来ている俺は、良くなんかならずにドンドン痛みが増して悶え死ぬほうがありそうにも思う。
友達も子分も苦しんだのだろうけど、傍目にはとても呆気なく死んでしまったのだ。激痛の中で俺は死んだ連中のことや、それに愛や憎しみ、恨みのことを考える。考えたのではない。とりとめ無く頭に浮かんだというのが正しい。あまりの痛みで論理的なことは考えられない。真っ白になった頭に、何かがポッと浮かぶだけだ。

俺はそのまま六日間、トイレにソロソロ行くだけで、ずっと寝ていた。3.6メートルしか離れていないトイレに行って戻るだけで、小一時間かかるんだから病院にはとても行けない。行くとしたら救急車しかないが、三階の寝室からどうやって玄関まで降ろされるのだろう。す巻きにされてクレーンで降ろされるんじゃ大変だ。ほぼギックリ腰だと分かっているから、あまりの痛みに不安になっても、消防署までは煩わせられない。
余程非道い打ち身だったらしく、熱が出て寝汗でパジャマがベタついて気持が悪いし、食欲も起きない。父正夫は食べられなくなって一ヶ月で亡くなったと思い出したのだから、ボケてはいないと安心する。
女房殿はウェットティッシュで俺の顔を拭いてくれて、バンテリンを腰から背中一面に擦り込んでくれる。六日目に俺は買って貰った杖を突いて、スックと立つ。
こうなりゃこっちのモンだ。薄皮を剥ぐように、あとはドンドンよくなる。もう大丈夫だ。兄弟分のウニは心配そうな顔だけで何もしなかったが、女房殿には本当によくして貰った。

しかし、こんな時にもし火事や地震があったら…と思うと怖ろしい。身動き出来ない俺には、これほど非道いバチはない。 


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