第142回 『恐るべし中国!』

女房殿が社長をしている“ワン・ステップ”社は、俺を管理する会社だ。御褒美旅行を毎年やってくれるのだが、景気も悪いし、そんなことも多分今年が最後になるかもしれないと覚悟している。
他の作家より随分遅蒔きのスタートだったが、それでも今年も良く働いたと社長が言うんだからそうなんだろう。俺が言ったんじゃ誰も信じないけど、社長が言ったことは誰でも素直に聞くのが不思議だ。
厚労省の元女局長が超人的なタフネスを発揮したから、大阪地検特捜部のデッチ上げや嘘が今回バレたが、それまで日本のカタギは警察が逮捕した人は悪い人、検察が起訴すればその瞬間に、俺や鈴木宗男と同じ極悪人と決め付けた。社長も検事も大差ないと俺は思っているのだが、世間様は違う。
俺は死ぬまで“瞬間自動嘘つき器”と呼ばれ続けるだろうが、女社長が“御褒美旅行”だと言ったら、「あの老い耄れ助平は、きっと良く働いたのだろう」と、みんな素直に思うらしい。

四泊五日でマカオに行ったのだが、出発前に体重を88.9キロまで落として行く筈が、出発日の10月3日朝90.5キロにしかならなかった。行く前の八日間ほとんど熱帯魚かカナリヤほどしか食べなかったのに、なぜだろうと俺は気が遠くなった。
旅行中は人目があってみっともないから、社長も「もういい加減におやめなさい」とか「それ以上食べたら、明日の朝御飯はヌキよ」なんてことは言わない。
ロンドンだと何日旅をしても、いくらも体重が増えないのは単純な理屈で、旨い物が少ないからだ。それが香港やマカオでは四泊五日で、5キロは増えてしまう。大袈裟でもウソでもなく、食べるものが全て旨いのだからしょうがない。皮が付いた豚肉をコンガリ焼いたのなんて、俺は2キロだって美味しく食べる。嘘じゃない、ホントだ。

ちょうど中国の国慶節の休暇と重なっていたので、どこも大変な人出だった。今回もベネチアンホテルに泊まったのだが、カジノに行った俺は通路のそこここにいる夜のオネエチャンが、垢抜けて綺麗になったことに目を見張った。
この前来たのはたった一年前だが、極く客観的に見て、森昌子が黒木メイサになったほどの魂消た変わりようだった。
社長がピタリと横に貼り付いていたから、綺麗なオネェチャンは俺に声をかけない。だから値段が書けないんだ。俺が嘘つきじゃないことが、これだけ見ても分かる。言い値がショートで香港ドルの千ドル、値切って六百ドルくらいだと勘は付けている。
温家宝首相は俺が嘘つきでも大袈裟でもないとおそらく知っていると思うのだが、我が読者も肝腎な社長さんも御存知ないのが困る。
ベネチアンの向かいに建ったシティ・オブ・ドリームスの中の劇場で、“水舞ショー”を880ドル払って見物した。日本円で一万円もする高い見せ物がほぼ満席で、2千人のキャパシティの90パーセントが中国人なのだ。中国人の経済力は俺の認識を、遙かに超えていた。オネェチャンも垢抜けるわけで、値段もどんどん高くなっているのに違いない。作家は取材が命なのだが、気が小さい俺は、社長にそれが言い出せないから、間もなく原稿依頼が絶えて御褒美旅行もなくなるだろう。
帰って恐る恐る秤に乗ったら、93.6キロだった。3.1キロしか増えなかったのは、マカオの飯の味が落ちたからではない。俺が男らしく自制したからだ。ヤンヤと誉めてくれ。でも社長には体重計が壊れたと言っておこう。社長、いい子にするから、また連れてって〜。


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