第124回 『南の島のお正月』

正月の三日に飼い猫のウニを動物病院に預けて、女房殿と俄かチンバの俺は、羽田からJALに乗って沖縄へ行った。
5.8キロと逞しくなったウニは、小さい方のケージではとても窮屈そうで、不機嫌な顔をアクリルの窓に擦りつけていた。
年末か年始に、今年もよく働いたと御褒美の小旅行をするのが、我がワン・ステップ社の年中行事なので、社長の次に偉いウニは不機嫌な顔なんかしてはいけない。夏はおろか年末のボーナスも出ない我が社なので、御褒美旅行ぐらいやらなきゃ社員が居つくもんか。グリム動物病院は綺麗なナースが揃っているんだから、副社長のウニは文句なんか言える立場じゃない。
なぜ今、法的整理が決まった話題のJALにしたかというと、俺の古巣だとかそんな理由ではなく、それはエコノミーよりちょっと楽なJクラスというシートが片道1000円の割り増しで乗れるからだ。90キロを超える身体にはエコノミークラスのシートはかなり辛い。もしエコノミークラス症候群になって血栓が出来て、それが脳に上がってお陀仏になったら、御褒美もヘチマもない。
ところがJALは1000円なのだが、ANAだと4倍の4000円以上取られるから、ウチの始末屋の社長はJALを使う。女房殿はいつでもこんなふうに頭を使って考えるから社長で、ウニは寝ることと遊ぶこと、それに食べることしか考えないから副社長にしかなれないし、こういう時も留守番なんだ。
アップグレード片道4000円のANAはその代わり、ささやかというかガリバー旅行記の小人国みたいなボックスランチが出ると、俺は知っていたのでANAの方が良かったのだが、平社員なので何も言えなかった。もし勇気を出してANAがいいと発言しても、どうせにべもしゃしゃりもなく却下されるのがオチだ。

しかし普段は毎日非人道的なダイエットを続けている俺も、この御褒美旅行に限って社長は人並みに食べる自由を与えてくれる慣例だ。そして嬉しいことに名護の定宿ブセナテラスは、朝とお昼が食べ放題のビュッフェなのだ。
このホテルのパンが日本一美味しいことを誰も言わないが、特にバケットの旨さは国民栄誉賞モノだ。このバケットを焼き続けていたら、フランス政府はきっとシュバリエ賞という勲章をくれるに違いない。一年分のダイエットのストレスを発散させるべく、「さぁ喰うぞ」と社長に聞こえないように俺は心の中で叫んだ。
そして8日までホテルから外へは一歩も出ず(もっともアキレス腱を傷めて俄かチンバだった故もあるが)、一日二食、人並み以上に食べ、ビールと泡盛と日本酒だけで、マテニもウィスキーも呑まずに、ダン・ブラウンの「デセプション・ポイント」上下両巻とロバート・スタークの「汚れた七人」を読んで、俺はまたJALに乗って東京に帰った。ちなみに社長は毎日牛肉を食べながら、「牛を屠る」(佐川光晴著)という本を読んでいた。変わった女だ。

帰り道に動物病院に寄ってウニを請け出したら、ウニはホッとしたらしく、珍しく甘えて俺に額を擦りつけて来た。さぁ、御褒美旅行は終わって、これからまた仕事とカナリヤか熱帯魚になったようなダイエットの毎日が始まる。


目次へ戻る