第122回 『奇蹟の生還!』

一緒に住んで約20年だが、絶対専制君主の女房殿は、俺がウニと同じ風呂嫌いだとなぜか決めている。ウニは一度も風呂に入ったことがないし、それに歯だって磨いたことがないけど、一家で上から三番目に偉い俺は、週に一度は風呂に、ただ入るのではなくて、入ったが最後、髪の毛から足の指の間まで、たっぷり30分も時間をかけて洗い上げる。
どこで何時、俺が風呂嫌いだなんて刷り込まれたのか合点がいかない。そう言えば女房殿は永く、俺が茄子の味噌炒めを嫌いだと決めていた。これは多分なれそめのころ俺が二日酔いで朝飯が食べられなかったときに、勝手に思い込んだのだと思う。女の勘違いと思い込みは、確実に男を不幸にする。
茄子の味噌炒めの他にも、永い暮らしの中で、勝手に女房殿が決め込んでいることがあると思うので、俺は「あまり呑まないけど、俺はラムもジンも、それにウゾやカルバドスも好きだぞ。腕が太すぎてローブデコルテは、土方か沖仲仕の仮装にしか見えないと、美輪明宏のことをケナしたけど、綺麗で華奢なオカマは大好きだ」なんて、俺は機会があるたびに叫ぶことにしている。
ネコ語は駄目な女房殿が、ウニの好き嫌いを正確に認知しているのは、愛の深さだと思う。我が身と比べて憮然とするのは、年寄りの僻みだろうか。

そうだ。チンポコの一大事の話だった。湯船に浸かって身体が温まって陶然としながら、俺はなんとなくチンポコの先っちょを触ってみた。オシッコをするときだけじゃなくて、一昨日くらいからはパンツの布が当たってもチクチク痛んでいたからだ。
ヤケに鋭くて尖った硬いものが指先に当たった。若いころは「あわてずのナオ」と双つ名で呼ばれた俺もギョッとした。激痛を堪えて、この尖ったものを摘んで引っ張り出そうとしたのだが、尿道にピッタリ嵌り込んでいてビクともしない。これ以上引っ張ったら先っちょがザクロのようになってしまうと思ったら、さすがの俺でも無理は出来ない。
それでもシャボンで身体中を洗ったのだから、俺は女房殿がどう思い込んでいようが、綺麗好きな男なのだ。
多分、結石がチンポコの先っちょまで降りてきたんだろうとは思うのだが、どんなに水やビールを呑んでも、トイレでポロッと出てくれない。この日はもう疲れ果てて寝てしまった。
翌日インターネットで調べて、荻窪の林泌尿器科病院に行く。中年の林先生はとてもナイスな方で、「うわっ、これはデカイ。こんなに大きな石がこんなところにあって、よく今まで我慢しましたね」とビックリなさった。
「これは設備の整っている大きな病院でなければ、とても砕けない。すぐ救急で行きなさい」と仰って、いくつか近くの大病院の名前を俺に言ってくださる。
警察病院の名前が出て、俺の顔は歪む。チンポコの痛みに加えて、更に心の古傷がうずいたのだ。警察病院には思い出したくない嫌な記憶が詰まっている。新宿のある有名病院の名前も出たのだが、ここも昔子分が二人亡くなっているので行きたくない。
結局少し遠いけど、行きつけの根津の日本医大に紹介状を書くからすぐ行けと、林先生は段取りをつけてくださった。
日本医大の泌尿器科には、つい最近、急性細菌性尿道炎を治していただいたばっかりだ。このごろ俺は、チンポコのトラブルばかり続く。死ぬのは多分、前立腺癌か腎臓癌だろうと思う。最近ちっとも競馬は当たらないけど、こんなことはよく当たるのだ。

ドジな俺は外来の入り口でタクシーを降りたから、救急の入り口まで雨の中を、痛む急所を庇いながらソロソロ歩く。こんな情け無い姿を、他人サマには見られたくない。今、黒木メイサに出喰わしたらどうしようかなんて、そんなことを考えている場合じゃない。
大事なところに大きな結石が詰まっている。まるで野党に転落した自民党か、ママに貰った小遣いがバレて泣きそうな鳩山総理みたいな、危急存亡、死ぬか生きるかの瀬戸際なんだ。
救急の窓口で手続きをして、やっと泌尿器科の先生に診て貰うことができた。そして若い林先生が、「わーっ、これは大きい。こんなの初めてだ。よくここまで降りて来ましたね」と、荻窪の林先生と同じことを言った。チンポコが大きいと誉められるのなら嬉しいが、尿道の先っぽに挟まった石が大きいとビックリされても嬉しくはない。
局所麻酔を二本打たれて(これも痛かった)、林先生がペンチみたいな器具を掴んだ。「もしこれで砕けなかったら、入院して対策を考えましょう」と言う。俺は頭の中に、輪切りにされたチンポコの姿が浮かんで、滅入り込んで死にたくなる。
マスクを覆面のようにしていたから、今度会っても分からないが、瞳の綺麗な看護婦さんが俺の顔を覗き込んで、「大丈夫ですか?」と聞いてくれたのだが、俺は思わず「全然、大丈夫じゃない!」と答えてしまった。
「やった。やった。砕けました。やぁ良かったですね」と、林先生の屈託のない明るい声が聞こえてきた。どうやら強固に挟まっていた石は粉砕されて取り出せたようだ。俺は丸裸で寝ていたから、チンポコを何でどうしたかよく分からなかったが、砕けなかったら大変なことになっていたと思う。
荻窪の林先生も根津の林先生も綺麗な看護婦さんも、みんな素晴らしい方たちだった。
いいドクターや看護婦さんに出会ったのは幸運だったと、俺は帰りのタクシーの中でつくづく思った。
ドクターや看護婦さんだけではない。肝腎カナメのところでいい人たちに出会えるか、悪い奴に出喰わしてしまうかで、人間の幸不幸が別れる。これは持って生まれた俺の強運の故か、はたまた御先祖サマの御遺徳か。とにかく俺は奇蹟の生還を果たした。


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